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ざざ、みなも

なぎの夜、川面は淡々と時を流れていた、向こうにみえる、ゆら、揺らぐのは水の性か、あるいは、泪の所為か。うつくしいものばかりが透ける、半透明なのは記憶、思い出になるにはまだあざやかすぎるものたち。枯れ往く花に、あの窓際の花に、よく似ていると思いました。うつくしいものの消費期限はきまって厭にみじかい。儚いから美しいのなら、みらいや、遺ったり遺してきたものは、執着や嫉みだとか、いたみだとか、そういったあまりきれいでないものばかりかもしれない。いまは、血の滲むくちびるのほうが、ずっとあかいんです、どんなにたいせつだったことばひとつ、熱のひとつよりも。そうしてしまったのは、誰なんだろうね。抱えた膝を夜風が撫ぜるから、また温度を、いろを忘れてしまいました。これが、ね、おとなになるということ、ひとりになるということは、とてもよく似ている。いきはいたい。深く吐いた息に、言えなかったことばをこめて。いびつな石を放る、とぽんとかるく音を立てて、すなおに沈んでゆきました。夜の暗さにかくれて、まともに見えもしないのに。それはすなおに、ひどく愚直に沈んでゆきました。もう二度と戻れないことなど、知らぬままなのだろうな、少し、羨ましくさえ思った。ひたむきに信じて、待つのだろうね、あきらめることを憶えたわたしには、どれほど難しいことだろう。ひとつ、二つ、三ツ、順に僅かに水面に同心円を描き、恰もそこが抑々の在処であったように。しずめ、沈め、静め、鎮め、中途半端にきれいに、取り出してしまわないように、思い出にだってさせないように。奥底にしずめる手前、閃にざわめくときがいちばんうつくしい。うつくしく、こころをざらりと嘗めて、それがふいにじわりと痛んで、わからないけれど、ひどく淋しいような、潰れてしまいそうな、そんなことを繰り返しては、こどくだとわらう、そうしてしまったのは、誰なんだろうね。ね、だれなんだろうか。

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