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物語の上書き

●3月に行けなかった母の墓参りに行ってきた。
○一周忌が終わって少しホッとしてしまっていて、気に留めてあげられなかったかもしれないなと思う。

●夜は久しぶりに妹家族と父を入れて食事だった。ひさしぶりにいっぱい笑った。

○ラベル(意味)の貼り替えって実は結構大変で、自分が信じてきた強さ=粘着力が強ければ強いほど、あと残りするし、一度や二度の語り直しで簡単に綺麗に剥がれるわけではない。
 たとえば、家族に対してはやはり一度着いたラベルはなかなか剥がせない。更新するのがとても大変だ。

◎あるいは、ずっと信用してきた仲間や、信じたいと思っていた人も、こちらが勝手に信じて思っていただけだとわかったときに余計に辛いものがある。別に見返りを求めていたわけじゃなかったが、やはりただそれでもどこかで同じような思いがあると思ってしまうものだ。
○人間関係一般においても、他人に期待しすぎてはいけないとはよくいう。自分がコントロールできない範囲のことだからだ。期待するからガッカリするし、虚しくなる。
◎内臓のどこかを氷水につけられているような冷ややかで、どこか恥ずかしささえ感じる、そんな感覚になるかもしれない。期待した自分の傲慢さのようなものを恥ずかしく思ってしまう。

○そう、以前も書いていた。

○人間っていうのは、そもそもどうしようもないもので、そういうダメなどうしようもない存在を全部受け入れて笑ってしまうのが落語だっていう話も、わたしが考える人間観とも通ずる部分がある。
春の訪れ/文七元結

 笑えるということがとにかく大事だ。一旦、悲しさや虚しさを感じても、そういうもの全部をひっくるめて笑えるような視点で、この世界をもう一度よく見られるようになるといい。何度も何度も語り直すことでそんなふうな物語にも上書きできるだろう。

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