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愛着と決別
横浜のパスタ屋で働いていた頃、時折、店を閉めた後でバイトのメンバーと食事に行った。
パスタ屋は午前二時閉店だったので、出かけるには随分遅い時間だけれど、街は割りに明るく、人通りもあったように思う。
そういう時代だったのか、あるいは横浜だからそうだったのか、今ではもう判然しない。
一緒に行くメンバーはいつも樋口と岩戸と小沢で、行き先は大体ラーメン屋か、近くのデニーズだった。
ある時デニーズで、樋口がコーヒーゼリーを注文した。じきにそれは出てきたが、樋口は皿を見ながら「あれ?」と、何だか訝しんでいる。
「樋口、どうした?」と小沢が言った。
「ガムシロがない」
「砂糖かけるんじゃねぇの?」
「あぁ、そうか」
それで納得したのか、樋口はテーブルの砂糖をかけた。そうして一口食べて、「塩だった」と言った。
改めて砂糖を振って、「あんまり美味くない」と言いながら食べた。食べ終わった後で器の影にガムシロップを見つけ、「あった」と言ってにんまり笑った。
デニーズの駐車場で解散する際、岩戸と小沢が車の話を始めた。小沢が近々買い替えるのだそうだ。
「で、その車はどうすんの?」と、停めてある小沢の車を指して岩戸が言った。
「これね、ディーラーに下取り頼んだら断られたんですよ」
小沢の車は改造車だった。随分こだわりがあったようで、色々と語っていた。こちらは車にあんまり興味がないから一向わからない。ほとんど全部「そうか」と言って聞き流した。ドリフト仕様と云っていたのだけ覚えているが、その時分にはドリフトが何なのかも知らなかった。
「これぁ、ディーラーじゃ取ってくれないだろ」と岩戸が笑った。
「誰か二十万で買ってくれないですかね」
「二十万だったら、俺が買うよ」と自分が言ったら、みんなが驚いた。
そうして自分は車を所有することになった。個人売買だから、車庫証明も運輸局への登録変更も、みんな自分でやった。
もう随分古い車だったけれど、状態は良かったようで、ガソリンスタンドで「大事に乗られてますねぇ」と感心されたこともある。別段、自分が大事にしてきたわけではないから、「おかげさまで」と答えておいた。
ライトが、点灯させると車体からウィーンと出てくるタイプの車だった。こういうライトを「リトラクタブル・ヘッドライト」と云うのだそうだ。幼い頃にスーパーカーブームがあって、ランボルギーニ・カウンタックに憧れていたから、このライトが付いているのは嬉しかった。
甚だ気に入って、休みの度に乗り回していたが、一年後に事故で潰した。
あれはもったいないことをしたと思う。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。