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内田百閒の日記、祖母、猫

 内田百閒全集の第七巻を図書館で借りてきた。
 七巻の中身は日記で、初めに「大正六年七月二十八日この帳面を買うた」と書かれてあるのを見て、母方の祖母を思い出した。
 祖母もノートを帳面と云っていた。もっとも母からそう聞いただけで、自分は実際に帳面と云っているのを聞いたことはない。だからこれは祖母にまつわる記憶でなく、母に関する記憶である。
 老人ホームに入る前、祖母はよく胡町の朝日珈琲サロンで母と会って話していたそうだ。だから自分もあの店へ行くと祖母がどこかに座っていそうな気がするのだけれど、それも母から聞いた話でそう思うだけだ。
 祖母については母から聞いたエピソードばかりが多くて、実際に自分で見聞きした記憶があんまりないような気がする。いつからだったか、何だか恥ずかしくなってあんまり話さなくなったせいだろう。

 年末に帰省したら姪も来ていたが、恥ずかしがって誰とも話さない。ずっとノートパソコンを膝に置いて、何だかカチャカチャやっている。
 それでも訊かれたことには答えるようだったから、それは何をしているのかと訊ねたら、「YouTubeを見てる」と言った。自分で動画をアップしたりはしないのかと訊いたら、「しない」と言った。それ以上訊いてくるな、みたいな感じだったから、それ以上は訊かずにおいた。
 娘は従妹と遊ぶのを楽しみにしていたけれど、せっかく会えたのにこの調子だから何だか拍子抜けしてしまった。
 身内に対して急に恥ずかしくなる血筋なのかもしれない。

 祖父母宅から父の車で帰る際、いつも祖母は庭から見送ってくれた。
 ある時、祖母が猫を抱き上げてバイバイさせようとしたら噛まれて、「あらあら、機嫌が悪かったのねぇ」と笑った。噛まれた指から血が出ていたから、「お母さん、大丈夫?」と母が窓から言った。

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