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ある建物の記憶

 昔、学生寮に住み始めて間もなかった頃、天袋に何かを入れる際に押入へ足をかけ、長押に手をかけたらその長押がボトリと落ちて驚いた。
 古い建物だったから、これが元で崩れたりしては一大事と焦って寮母さんに云ったら、あぁこれねといった様子で釘を打ち付けて固定した。
 その際に随分ガンガンやったものだから、周りの部屋の先輩らが出て来たのだけれど、みんなやっぱり「あぁこれね」といった風だった。それを見て、そういうものかと思って自分も安心した。

 最前、押入に足をかけたと書いたけれど、それは実際には押入でなく備付のベッドだったのだそうだ。押入よりも低く、転落防止の側壁があって、中に畳が敷いてあった。襖はなくて、アコーディオンカーテンがついていた。
 だからベッドだと云われればそんな風に思えないこともなかったけれど、そんなところで寝ているのは宮内とドラえもんぐらいなもので、他はみんな押入れとして使っていた。
 自分も試しに二、三度そこで寝てみたが、やっぱり押入で寝ている感じがするのと、ベッドにすると収納スペースが不足するのとで、じきに止した。

 この寮は上から見ると東側が開いたコの字型の建物で、コの縦棒部分が食堂だった。食堂には画面サイズの割にガワだけが大きな家具調テレビが置いてあった。当時としてももう珍しいアイテムだったと思う。
 コの字の南側は日当たりが良かったが、北側──特に一階廊下は昼間でも何だか暗くて嫌な感じがした。
 その北側一階には全く日が当たらない部屋が一つあって、物置部屋として使われていた。過去には普通に人が住んでいたけれど、その人が自殺したものだから物置部屋になったのだと井村さんから聞いた。
 霊感があるという友人を連れてきたら、その部屋の前で「やめてくれ!」と言って逃げ出したとも聞いた。
 井村さんは割とホラ吹きだったからどちらも信じていない。

 寮の名前は『鈴木学生寮』と云った。
 2009年の冬に行ってみたらまだ残っていて、トップに掲載している写真を撮っておいたのだけれど、翌年また行ったら小綺麗なコーポに代わっていた。

 たとえ誰も検索しなくても、かつて存在したものをこうしてネット上へ残しておくことには、きっと意味がある。

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