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消しゴム、集団暴力

 仕事の際、A5サイズの薄いルーズリーフバインダーをノートとして使っている。プラスチックの安いやつだ。使い勝手が良くて気に入っていたが、2カ月ほどで表紙が反った。先日外出したついでに、イオンで新しいのを買った。
 2カ月はさすがに早いように思うが、どうやら印刷インクの影響らしい。そう云われると心当たりがなくもない。向後はその辺りを気にしながら使うことにした。
 文具愛好癖を表明するのに、いつもちょっと抵抗がある。学生時代は、勉強ができない者ほど文具にこだわっていたように思う。恐らく竹内君の影響だろう。
 何であれ、道具ややり方にこだわるばかりで肝心の結果が伴わないのは格好が悪い。

 竹内君とは中1で同じクラスだった。彼は他人が持っているペンとか消しゴムにやたら興味を示す少年だった。クラスの誰がどういうペンを持っているという情報が常に頭の中にあり、そのリストにないものを見つけると、ペンであれば即座に試し書きを始めた。消しゴムであれば机にゴシゴシやって匂いを嗅いだ。

 あるとき玖珂さんが新しい消しゴムを持ってきた。竹内君はさっそくそれを見つけて、「ちょっと借りるぜ」と言って匂いを嗅いだ。
 玖珂さんはあんまりしゃべらない、目立たない女子だったが、その日のホームルームで珍しく手を挙げた。そうして「今日、竹内君が私の新しい消しゴムを勝手に取って、鼻をつけて匂いを嗅ぎました。とてもイヤな気分でした。どうしてそういうことをするんですか!」と、涙ながらに竹内君を糾弾した。
 するとクラスの女子のほぼ全員がこれに同調し、「なんであんたは他人の消しゴムの匂いを嗅ぐのよ!」「なんで鼻をつけるのよ!」「この消しゴム怪人!」「きっとゴムマニアなんだわ、きっとそうよ」「きゃぁ!」「ひゃぁ!」「鼻!」と大騒ぎになった。
 一方、男子はみんな下手に関わって矛先を向けられたくないから、「まぁ、言われても仕方ないよなぁ」的な空気を醸し出しながらひっそりしていた。
 担任の横山先生は腕を組んだままむっつり押し黙っていた。
 結局、孤立無援の竹内君が涙を流しながら「玖珂さんの消しゴムに鼻をつけてすみませんでした。もう鼻をつけません」と謝った。
 ああなってはいやだ。

初出:2010年11月23日『論貪日記』

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