散蚊
十数年前、ある神社にお参りした。
本殿の脇を抜けると小さな川が流れていて、それに沿って小道が続いている。
小道を歩いて少し行くと小さな橋があり、向こう側に赤い鳥居があった。鳥居の先は裏山である。
この小道はもう敷地外だと思っていたが、存外大きな神社らしい。ぜひこちらにもお参りしておこうと、橋を渡った。
鳥居をくぐった先は、曲がりくねった登り坂になっている。登って行くと蚊柱が立っていた。手で払いながら通ったら、どういうわけかずっとついて来る。顔に当たったり耳元で羽音が聞こえたりで、甚だ気色が悪い。首を竦め、払い続けながら走って登ったけれど、それでもずっと纏わりついて来る。
どうも尋常な蚊柱ではない。一体、蚊柱とはこんなにしつこいものだったろうか。何だか怖くなってきて、もうここらで引き返そうか知らと思う一方、ここまで来てやめるのもつまらないという気がする。結局そのまま走って、祠へ辿り着いた。
着いた途端に蚊柱は消えた。
何だか空気が違うような心持ちがした。全体、蚊柱がいなくなったのが凄い。しっかりお参りして帰った。
帰り途では、蚊柱は立っていなかったようである。
高校に上がって間もない頃、学校の帰りに水上と出くわした。水上は別の高校へ行った友達である。
「いやぁ、うちの高校ってさ、色んなやつがいるよ」
「ふぅん、そうか」
「たまにね、頭の上に蚊が集まってる時があるじゃない?」
「あるのぉ」
「そうなったらね、こう、ゆっくりしゃがんでさ」
「ほぉ?」
「そうしたら蚊も下がってくるじゃない? で、さっと立って顔の周りのをパチパチパチパチって一気に叩き潰すやつがいるのよ」
「気色悪いのぉ」
「そうなのよ。手のひらとか、もう蚊だらけ」
「それ、何が楽しいん?」
「さぁ? で、そいつ、いつも髪の毛デップで固めてんだけど、よく見たらこの辺とかに蚊がくっついてんのよ」
水上はこめかみの辺りを指さして笑った。いかにも愉快そうだった。
自分はそれよりも、水上が一体どうして高校へ入ったぐらいでこんな気持ちの悪い喋り方をしだしたものだろうかと気になった。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。