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駆け昇る

法面(のりめん)とは、切土盛土により作られる人工的な斜面のこと[1]道路建設や宅地造成などに伴う、地山掘削、盛土などにより形成される。

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 小2の時、掃除の時間に同じ班の大木君が突然走り出し、学校裏の法面を随分高くまで駆け上がった。
 ほとんど垂直に近く、高さも三メートルぐらいあったのを、てっぺんに手が届きそうな所まで行ったように思う。
 みんな随分驚いて、「大木君、凄いのぉ!」「忍者みたいじゃ!」「スパイダーマンじゃ!」と口々に囃し立てた。
 大木君はどちらかというとおとなしい、地味な少年だったから、そのギャップもあったろう。何だか凄いやつが同じクラスにいる、というような興奮にみんなが包まれた。

 以来、その法面を駆け上がることが自分たちの間でブームになり、休憩時間も掃除の時間もみんなで順番に駆け上がった。そうして掃除の時間には、「ちょっと、男子! ちゃんと掃除しんさいや!」と女子から怒られた。
 それにしても、どうやってみても大木君ほど高くは登れない。いつも大木君が一番高く駆け上がる。全体どうやってそんなに高くまで行けるものか、見ていてもさっぱりわからない。当人に訊いても「え? いやぁ、別に、こうやってやるだけじゃけど?」ととぼけたことを云って飛竜のごとく駆け上る。

 ある時、下校後に伊狩君と遊んでいて、大木君は凄いよねぇという話になった。あれだけ高く登れるならその辺の家の塀なんて軽く超えられるだろうと、改めて云い合った。
 見ると伊狩君の家も、塀の下に1メートルほどの法面がある――山の上の町だったから斜面を削って建てられた家が多く、法面はあちこちにあった――。それで「よぉし」と云って駆け上ろうとしたら、最初の一歩から滑って転び、随分痛い思いをした。
 伊狩君は大いに笑い、自分は痛いのを我慢しながら、わざとやった感じを装っていたのだけれど、わざと滑って転ぶ者などあるわけがない。きっとバレバレだったろう。

 その後もしばらく、クラスで法面駆け上がりブームは続いていたけれど、掃除場所が変わったら誰もやらなくなった。

 今になってもどうやって大木君があんなに高く登れたのかはわからない。
 わからないといえば、全体どうして彼が急にそんなことをやりだしたのかもわからない。

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