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鈴虫、記憶

 以前、妻子と、妻の従妹と子供らを連れて長島へ遊びに行き、スーパー銭湯に寄って帰ったことがある。
 従妹の子らは男女一人ずつで、父親は来ていなかったから男の子は自分が連れて入った。銭湯は初めてだと云うから入り方を教えてやったら、随分気に入ったようだった。
 妻の話では、父親は子供のことを何もしない人らしい。恐らくそのせいもあってか、妻の叔父叔母――子供らの祖父母――から随分感謝され、お礼にと畑で穫れた野菜をたくさんいただいた。

 ありがとうございますと云って帰ろうとしたら、おじさんが「ちょっと待って、◯◯もあげよう」と言いだした。そうして急いで何かを取りに行く。
「何? 何をくれるって?」と妻が訊くと、おばさんが「鈴虫だわ。こだわって育てとるんだわ」と言った。
 妻が少し困った顔をしながら「どうする? 鈴虫いる?」と小声で問うから、自分は「断るわけにもいかんだろう」と答えた。妻も自分も、虫はあんまり好きじゃない。
 妻は「おじさん、うちは水槽がないから……」とやんわり辞退しようとしたけれど、おじさんは「だったらこれごと持って行きやあ」と、小さな水槽ごと渡してくれた。

 家に帰ってから水槽をベランダに置き、野菜の切れ端を入れておいたら、存外いい音で毎晩鳴いた。そう云えば昔、自分の祖父母も鈴虫を飼っていたと思い出した。
 鈴虫はじきにみんな死んでしまい、今その水槽には小さな鯉が泳いでいる。

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