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そば肉玉とモダン焼き

 大学に入って間もない頃、授業の合間に昼食を取ろうと思ったら、学食はもちろん、学校近くの店がどこも混んでいるのに随分辟易した。
 混んでない店を探して歩いていたら、だんだん学校から離れて、最寄駅の反対側まで行ったらようやく人通りがなくなった。線路沿いに歩いて、煙草屋と古本屋を通り過ぎ、突き当たりにお好み焼き屋があったからそこへ入ることにした。

 引き戸を開けたらおばちゃんが2人、鉄板の向こうから「いらっしゃい」と言った。昔のことだからもう判然しないけれど、おばちゃんといっても、二人とも四十までは届いていなかったんじゃないかと思う。
 カウンターに数席あるきりの小さな店だ。この規模で店の人が2人というのは珍しい。
 壁に貼ってあるメニューをチラッと見て「そば肉玉」とオーダーしたら、2人とも「は?」と言った。
「え、そば肉玉……。そばと肉とたまごのやつ……」
「あぁ、モダン焼きね」
「大阪だと、そう云うんですか」
 横から他のお客が「広島から来た人?」と問うてきた。慣れた感じだから、大学の先輩だったのだろう。はあ、と答えたら「やっぱりな」と言ってそれぎり黙った。
 メニューに「豚玉」という文字が見えたから、てっきり「そば肉玉」も通じるだろうと思ったのだけれど、豚玉は豚玉なのに、そばが入ると「モダン焼き」になるようでは何だか一貫性がない。もっとも、そういうルールで回っているところへ余所者が文句を云ったって始まらない。郷にあっては郷に従うのが真っ当な人物であると思い、黙ってモダン焼きをいただいた。

 勘定を済ませて店を出る時、後ろでおばちゃんたちが「品がいいねえ」と言ったのが聞こえた。特別に品の良い振る舞いなどはしていないから、「左利きやったねぇ」と言ったのがそう聞こえたのだろう。

 以来、その店には週二のペースで通った。いつもモダン焼きに決めていて、「今日は普通の」「今日は大きい方」とサイズだけで注文していたら、いつの間にかお品書きのモダン焼きの傍に「いつもの」と書かれていた。
 あんまり通ったものだから、おばちゃんが家で使っていたテレビをくれた。天気の好い日に、むき出しのブラウン管テレビを持って電車に乗り、駅から下宿まで抱えて歩いたのを覚えている。

 この店は随分気に入っていたけれど、翌年の夏に閉店した。
 隣にある付属高校の生徒らをターゲットにしていたのが、学校が休憩中の外出を厳しく取り締まり出して、たち行かなくなったらしい。
 最後に訪れた時も特に喋ったりお別れの挨拶をしたような覚えがないから、普通に食べて普通に出たのかも知れない。

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