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駅ビル、旧友

 大きな駅ビルではないけれど、電車の乗り場がわからない。それで先刻からエスカレーターで上がったり下がったりしながら、ビルの中を歩き回っている。

 三階は飲食フロアらしい。だからといって改札がないとも限らない。それで端から端まで歩いてみるが、やっぱり改札は見当たらない。
 四階はフロア丸ごと一つの店になっている。炉端焼きの店らしいが、具合の悪いことにエスカレーターの真ん前が店舗入口で、さっきからエスカレーターで上がるたびに「いらっしゃいませー!」と元気に言われる。それを三回繰り返したから、いい加減店員に覚えられた心持ちがする。ちょっと恥ずかしい。
 もうお客でないことはわかるはずだから、いっそ黙っていてほしい一方、何も言われなければ覚えられたとわかるから、やっぱり恥ずかしいだろうとも思う。
 どっちにしたって恥ずかしいのだからいけない。四階にはもう来ない方がいい。

 二階に下りると、修学旅行の高校生でごった返している。全体どこから来たものか知らないけれど、修学旅行の行き先がこんなところでは、随分気の毒なことだ。
 二階を歩いて見渡してもやっぱり改札は見つからない。
 もうこうなったら、四階の店へ行って改札の場所を訊いてやろうと決めた。そのついでに食事でもしてやれば、先刻からの決まりの悪さもチャラだろう。
 そう思ったら、何だか急に腹が減ってきた。
 それでまた上りのエスカレーターに乗りかけたところへ、いきなり誰かが「おい、百君じゃないか」と呼びかけた。
 振り返ると、目の細い男が、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。

「やっぱり百君だ。君、久し振りじゃないか」
 豆鉄砲は随分親しげにそう言うけれど、どうも誰だかわからない。
「全体、こんな所で何をしてるんだ?」
「え、あぁ、……ちょっと、改札がわからなくなってね」
「改札? これから帰るのかい?」
「まぁ、そんなところだよ」
 誰だかわからないが、改札がわかるならまぁいいだろうと話を合わせようとしたら、
「何だ、せっかく久し振りなのに」と、また別の、じゃがいもみたいな顔の男が入って来た。こちらもやっぱり見覚えがない。
「ちょっとお茶する時間ぐらいはあるのでしょう、ねぇ?」
 今度はショートヘアの女が話に入って来る。またしても見覚えがない。

 一人だけならまだしも、三人の知らない人から旧知のように来られるとさすがに気持ちが悪い。
 全員を相手に「君等は誰だ」とやるのも何だか剣呑なので、適当に逃げることにした。

「いやぁ、すまないけれど今日はもう本当に時間がないのだよ。それより、改札はどこなんだろうか?」

「こっちだよ」と、じゃがいも氏が言って歩き出した。
 ついて行くと、改札まで三人が口々に残念がりながら案内してくれた。あんまり残念がるものだから、段々気の毒な心持ちになって来た。

 改札は修学旅行生の向こう側にあった。
「じゃぁ、百君また。たまには連絡してくれたまえよ」
「お、おぅ、ありがとう」
 電車に乗ると、腹がぐぅと鳴った。

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