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鬼になって、父が黙る

 大学時代に何かの折で叔父の所を訪ねたら、叔母と小さな子供が玄関に出て来た。
「あらこんばんは。お久し振り」と叔母は言ったけれど、子供の方は自分の顔を見るなり奥へ走って逃げた。
 入れ替わりに叔父が笑いながら出て来た。
「やぁ久し振り。ごめんね、ついさっきまで、娘が駄々をこねるものだから、そんな様子だとナマハゲが懲らしめに来るよって、脅かしてたんだよ」
「ナマハゲ?」
「そうしたら、ちょうど髪の長い人が来たから、ナマハゲだと思って逃げたんだ」
 叔父はいかにも面白そうに笑った。
 お客をつらまえてナマハゲ扱いは失敬だが、小さな子供ではしようがない。自分だって子供のあしらいが得意なわけでもないし、ナマハゲと思って逃げるのなら、その方が楽でいい。
 叔父は冷蔵庫からビールを出してきて注いでくれた。
「このおじさんにもね、大学生の頃は東京で色々あったんだよ」
 そうして、学生運動に明け暮れながら詩を書いたこと、筒井康隆の小説にハマったことなど語った挙句に、付き合った女子を孕ませてしまったことまで話し出した。
「あの時は君のおじいさんも東京に出て来てね、大騒ぎになったよ」
 それは大騒ぎになるだろうと思った。
 叔父の娘は、自分が帰るまでついに一度も顔を見せなかった。

 実家に帰ってからナマハゲの話をすると、父も母も大いに笑った。
 特に父の方は甚だ気に入ったようで、随分後になってもナマハゲナマハゲと、何かにつけて云って来る。ある時、あんまりしつこいものだから「ナマハゲナマハゲって、自分の方が余程ハゲじゃぁないか」と言ったら、それぎり云わなくなった。

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