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歴史認識

 元々高校の国語先生になるつもりでいたから、大学三年の夏休みに教育実習の申込みで卒業校へ行った。

 受付で呼び鈴を鳴らすと事務員さんが出て来て、今は教頭がいないから出直すようにと云った。教頭がいないなら他の先生でもいいだろうと思うけれど、それはこちらの都合である。先方には是非教頭でなければならない事情があるのに違いない。
 その日は引き上げて、翌日出直すことにした。

 帰った後で、事によると自分の格好があんまり不真面目だったから門前払いを食わされたのか知らと思えて来た。その頃には、自分はまだヘビメタだったのである。ガンズ・アンド・ローゼズのTシャツを着た長髪がふらりとやって来て教育実習云々と云い出すのでは、戸惑う気持ちもわからなくはない。
 そう考え出したら、愈々そんな心持ちがして来た。まさか母校でそんな扱いを受けるとは思わなかったから、ちょっとどんよりした。
 それで翌日は髪を括り、父のスーツと革靴を借りて出直した。
 果たして今度はすんなり通されたが、応対したのは教頭ではない。一度自分も教わったことのある国語の先生だった。教頭じゃなくていいのかとは、訊かずにおいた。
 その先生はこちらを覚えていないらしかった。
「えぇと、百君ね。君は、誰のクラスだった?」
「一年の時は永田先生のクラスで、国語は河内先生に教わってました」
「あぁ、河内さんか。あれはよそへ行って教頭になった」
 吐き捨てるような口振りだった。あんまり良好な関係ではなかったのかも知れない。
 自分は、河内先生について実習するつもりでいたから、いないとわかってがっかりした。

 手続きを終えて、帰る前に少し校内を歩いてみたら、どういうわけか恥ずかしい記憶ばかりが浮かんで来た。すっかり忘れていたようなことまでが、芋づる式にずるずる出て来る。
 校内にいるだけでこんな按配では、毎日なんてとても来られたものではない。
 そう考えたら教師になるのが嫌になって、それで教育実習は断った。
 この時以来、高校時代は自分の黒歴史である。


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