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パンクおばさん

 まだ独り身で大阪に住んでいた頃の話。
 ある時、仕事を終えて帰ろうとしたら、車のルームミラーがない。あっ、と思って助手席を見たら、ミラーはそこに落ちていた。フロントガラスに貼り付けてあるタイプだったから、ボンドの劣化で剥がれたのだろう。
 とりあえず車用の両面テープで貼り付けて走り出したけれど、三十秒で剥がれてきた。仕方がないので左手で支えながら帰った。随分運転しづらかったのを覚えている。

 翌日は休みで、駐車場へ行ってアロンアルファで貼り付けようとしたが一向にくっつかない。アロンアルファがガラスに使えないと、この時初めて知った。
 それで、ガラスに使えるボンドをネットで調べて買いに行った。吹田から電車を乗り継いで服部緑地へ買いに行った覚えがあるけれど、吹田市内でも売っている店はあったろうと思う。
 目的のボンドを買って帰ったら、もう日が暮れていた。ボンドが乾くまで手で支えながら、カーナビのテレビで『こち亀』を見ていた。
 こち亀が終わるまでずっと支えていた。手を放して落ちてこなかったのには随分感心した。

 駐車場から歩いて帰っていると、遠くから何だかガワガワガワガワと音を立てながら走ってくる車がある。
 じきに、タイヤがパンクしたまま走っているのだとわかった。何だか焦げ臭いにおいもしたから、あれは相当まずい状態だったろう。
 年輩の女性が随分思い詰めた様子で運転していた。
 それを見て、尾崎さんから聞いた話を思い出した。
 車で信号待ちをしていたら、隣にやはり年輩女性の運転する車がガワガワ云いながらやって来た。見るとタイヤが潰れている。
 窓を開けて「パンクしてますよ!」と教えたけれど、当のおばさんは思い詰めた面持ちで前方をキッと見詰めたまま、そのままガワガワと走り去ったのだという。
 ことによると同じ人だったかも知れないと思った。

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