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大きな駅ビルではないけれど、電車の乗り場がわからない。それで先刻からエスカレーターで上がったり下がったりしながら、ビルの中を歩き回っている。 三階は飲食フロアらしい。だからといって改札がないとも限らない。それで端から端まで歩いてみるが、やっぱり改札は見当たらない。 四階はフロア丸ごと一つの店になっている。炉端焼きの店らしいが、具合の悪いことにエスカレーターの真ん前が店舗入口で、さっきからエスカレーターで上がるたびに「いらっしゃいませー!」と元気に言われる。それを三回繰
先日、仕事でちょっとした作業をするので半袖Tシャツに着替えた。 別段汗をかいたわけでもないから、終わった後もそのままでいたら、段々寒くなってきた。どうも四月の上旬とは、存外寒いものかも知れないと思ったら、ふっと鹿田君を思い出した。 ※ 十八の時、四月の初めに大学に入って、じきに教科書を買い揃えた。 今はどういうシステムか知らないが、あの時分には広い部屋に本が積んであって、各自が順番に必要なものを取って回るようになっていた。 販売スペースがごった返さないよう、入れ
あんまり堂々書くことではないけれど、昔は車に乗ってもあんまりシートベルトを使わなかった。 ある時、車で帰省した帰りに変なおじさんが物陰から飛び出した。 警官のようななりをしているが、何だか感じが違う。ちょうど警官の制服が青っぽいのに変わった時分だったが、おじさんは全体に黒っぽいのである。 これはきっと警官を模した警備員だろうと思って走り去ろうとしたら、おじさんがピーピーと笛を吹いてきたから驚いた。 笛を吹く警備員は見たことがない。ことによると警官だったかも知れない
もう随分以前に喫煙は止したけれど、自分にとっての煙草は、阪急山田駅の売店でマイルドセブンスーパーライトを買ったのが最初だった。 学生寮で暮らしていた頃で、クリアブルーの使い捨てライターも一緒に買ったのを覚えている。 あの時分、色を選ぶ時は大抵、青を選んだ。子供の頃に観ていた『秘密戦隊ゴレンジャー』の影響である。 ゴレンジャーは赤青黄ピンク緑の五人のメンバーで構成されており、赤は熱いリーダー、青はニヒルでクールな二枚目、黄は太ったカレー好き、ピンクは女子、緑は何か普通
先日、網膜剥離の経過観察で眼科へ行ったら、やっぱり混んでいた。待合室に二十席ぐらいあるのが全部塞がって、立って待つ人も数人ある。 立っている中に、髪を伸ばして後ろで括ったおじさんがいた。歳の頃は自分と同じか、もう少し上かも知れない。余計なお世話は重々承知だが、何だか見た目に小汚い。きっと髪型のせいだろうと、一人で得心した。 自分も学生時代は長髪ヘビメタだったけれど、こんなに小汚くはなかったはずだ。と思うのは自分のことだからで、傍目にはやっぱり小汚かったに違いない。
パスタ屋従業員時代はほとんどずっと、非人道的な労働時間だったように記憶しているけれど、よくよく考えてみるとそういう時期もあったというだけで、町田に住んでいた頃などは、存外落ち着いてのんびり暮らしたように思う。
高二で鳥居先生のクラスになった。 一年時から鳥居クラスだった者を中心に、学年中のちょっと悪そうな者と、ロック好きな者を集めたような感じだった。全体、担任の要望がどこまで通るものか知らないけれど、どうも他のクラスに比べて意図的に集められた感が強かったように思う。 最初のオリエンテーションで、先生は一人一人に好きな歌手は誰かと訊いてきた。そういうのからも為人が見えてくるのだそうだ。 BOØWYが好きですと答えたら「俺も。カッコええもんのぉ」と言ってきた。 先生はあの時
まだ独り暮らしをしていた頃、郵便受けを見るのが怖い時期があった。随分自堕落な生活だったから、予想外の請求書とかを恐れていたのだろうと今は思う。 一応、毎日見るようにはしていたけれど、どうかした拍子に空けてしまうと、そこから怖さが倍増し始める。 ある時、そうやって二週間見ずにいたら、警察から何だかハガキが来ていた。 ◯月◯日の運転について確認したい事があるから△日までに出頭しなさい、さもなければ裁判云々と書かれている。 大いにうんざりした。そうして胸中が甚だモワモワ
小四の時にテレビで『SHOGUN』という映画を観たのがきっかけで、歴史や時代劇にはまり始めた。 ちょうど学校の班替えで班長になったのを機会に、「俺のことは班長じゃなくて将軍と呼んでくれ」と云ったら、本当にそう呼ばれ出した。だから次の班替えまでの短い期間、自分は郷里に幕府を開いたのである。 同じ班の神島はそれが随分羨ましかったようで、次の班替えで自ら班長になって将軍を自称したけれど、誰も彼をそうは呼ばなかった。いくら自身で名乗ったって、器が伴わないではやっぱり駄目なのだろ