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タイトルに訊け。



”本が好き”っていうのを公言してる人だと、何度か聞かれたことがあると思うんですよ。


「何かおもしろい本ない?」
「どんな本読めばいいの?」

って。


そういうとき、私はだいたいこう言いますね。



「本屋ぶらついてタイトルが気になった本読め。それが”お前にとっての”おもしろい本だから」



って。


いやー、この答えは最適解だと思うんですよね。手前味噌ですいませんが。

そもそも”お前自身が”何をおもしろいと思うのかなんて、お前の母親でもわからんだろと。
そんな母親でも答えられないような難問を、赤の他人の俺に投げられても知らんがなと。


だから、そういうのは自分自身に訊けと言ってるんですよ。
売れてるとか有名とか関係なしに、己のセンスにビィーンって響くタイトルの本があったらそれ読めばいい。
けっこうな高確率で、そういう本はおもしろい本だから。少なくとも、そのタイトルに惹かれた読み手にとっては。


かくいう私も、本を選ぶときに何度かこの方法のお世話になってきました。
特に小中学生のころですかね。作家とかの知識がない小僧っ子の時分には、タイトルだけを頼りにおもしろそうな本を引き当てていた覚えがあります。


今回は、そういう具合にタイトルだけで選んだ本をいくつか紹介していきます。



― ― ―


①コルトM1851残月
(著:月村了衛)


あらすじ
時は幕末。廻船問屋の番頭にして裏金融を牛耳る組織の大幹部、その名も”残月の郎次”。

郎次は、強力な”後ろ盾”を持っていた。郎次に仇なす者は、その後ろ盾の手によって必ず死ぬ。
だが、その正体は一切不明。下手人も、その数も、殺しの方法それ自体も。

後ろ盾の正体は、郎次の隠し持つたった一丁の短筒(たんづつ)だった。
未だ国内には流通していない、最新式の六連装コルトリボルバー。

ある日を境に裏切られ、組織を追われた郎次は、ただ一人復讐を挑む。
相手は江戸の暗黒街、得物はコルト六連装。

文明開化前夜の江戸に、コルトリボルバーの咆哮が響き渡る――!!


えーと、コイツはけっこう最近に買った本ですね。たしか二、三年前くらいかと。
どういう経緯だか忘れたけど、どこかでタイトルを目にした瞬間なんじゃこりゃあって思いましたよ。銃名+古風な漢字。
話のスジはまったく検討つかないけど、とにかくなんか面白そう。


で、フタを開けてみたら破滅型幕末ハードボイルドというか幕末版ボニー&クライドというか、やっぱりよくわからんけど面白い小説でした。


誤解を恐れず言うと、話のスジ自体は本当にありがちな、というかベタベタにノワール(暗黒小説)の王道なんですけどね。

地の文自体が筆力高いのと、幕末×六連装リボルバー拳銃という掛け合わせがやっぱ面白い。
コルトの威力はハンパないけど、弾丸と火薬の装填にめちゃくちゃ時間がかかる。だもんで、使いどころを誤ると死ぬ。それがいい緊迫感を出してる。

イロモノと見せかけて、普通に良作のノワールでしたね。




②天切り松 闇がたり
(著:浅田次郎)


あらすじ
裏街道を生きる男たちが詰めこまれた留置場。その一室に現れたひとりの老人、村田松蔵。
彼こそは、大正・昭和・平成をまたいでその名を轟かせた伝説の盗賊”天切り松”その人だった。

六尺四方にしか聞こえぬ夜盗の発声”闇がたり”に乗せて、天切り松は語りだす。
大正・昭和を駆け抜けた義賊たちの活躍と、時代が変われど変えてはならぬ人間の本質を。

下はチンピラにヒラ警官、上はヤクザの親分衆に警視総監まで。
話をせがむ相手なら、身分の上下は関係なし。今日もどこかで天切り松の唇が開かれる――。


たしか中学一年生だったと思うんですけどね。親父が読んでた新聞の広告で見たんですよ。
このわけわからんタイトルと、おどろおどろしくもクールな単行本の表紙を。

そいで気になって図書館行って読んでみたら、まあクソ面白えのなんのって。
とにかく語り口が軽妙。古めかしい言葉を使いまくってるのにスラスラ読める。それにキャラクターがどれも秀逸。そこらのマンガやラノベが消し飛ぶレベルでキャラ立ちハンパない。なにより価値観が最高。


「物事の善し悪しは、数の多寡できまるもんじゃあねえ。衆を恃(たの)んだ悪党が大手を振って罷(まか)り通るこの世の中じゃあ、ひとつまみの善人のするこたぁ、みんな変わったことだ」


誰がなんと言おうと、善行は善行。悪行は悪行。


あたり前のことこそ、あたり前だけにどう伝えるかが大事だと思うんですけどね。
その伝でいけばこの作品は百点満点で千点ですよ。世界一カッコいい&おもしろい道徳の授業ですよこんなん。


私、人生で断トツに好きな作家が浅田次郎先生なんですが、自分の人生観を形作った作家との出会いはタイトルから始まっていたという話です。

大げさでもなんでもなく、あの日見たタイトルに心を動かされなかったら、その後の私の人格はかなり変わっていたと思います。




③Cの福音
(著:楡周平)


あらすじ
ニューヨーク駐在の両親とともに渡米し、ミリタリースクールで文武両道を修めた主人公、朝倉恭介。
名門大学への進学を目前にして両親を飛行機事故で亡くし、格闘技の稽古の帰りに襲ってきた暴漢を(正当防衛ではあるが)殺害し、表社会での生きる道を失う。

その果てに彼が決意したのは、己の全能力を活かして闇の世界でのし上がることと、その方策。

それは、税関の厳しい日本での、未開拓の”C”(コカイン)流通ルートの構築だった――。


自分で挙げといて何ですが、この本はほとんど内容を覚えていないんですよ(楡周平ファンの方すいません)。
せいぜい、書き出しでいきなり水死体が発見されたことと、主人公の格闘技の教官が


「クリーンヒットを一発打てば勝利?ノー。相手が動かなくなることが勝利なのだ


みたいな含蓄あるセリフを言ったことくらいですね。印象に残っているのは。



じゃあなんでコレを挙げたのかというと、挙げた本の中でも最もタイトルに惹かれたからでして。

この頃はたしか小学四~五年生だったと思うんですけどね、またしても親父が読んでた新聞広告が目に止まったんですよ。
タイトルと表紙をひと目見た瞬間、心奪われましたね。


「C!?Cってなんだ、意味わからんすぎる。
あと福音・・・ふくおん?(※ふくいん)これも意味わからん言葉だけどたぶん祝福とかそんな感じの言葉だ。
でも表紙のタバコふかしてるオッサンは絶対祝福とかしそうにない悪人だ
「うおおなんだこのミステリアスさ、そしてミスマッチ!!絶対おもしろそう超読みてええええええええ!!!!!」


たしかこんな事を思ってましたね。

で、図書館の司書さんに頼んで入荷してもらって、即借りて読んだという寸法です。
いやー、子どもながらに察しはついてましたからね。”これは親にねだっちゃダメなやつだ”って。じゃあそれを咎めなかった司書さんは何なんだと。


内容こそあんま覚えてないけど、読んでるときはすこぶる楽しんでましたね。
とはいっても、そこは犯罪小説。エログロ描写も普通にありましたが。


つくづく親にねだらなくてよかったと思いながら、その目を忍んでは読み進めていました。
あらぬ心配を親にかけさせたくなかったのと、今後の自分の読書を監視される事態になるのはゴメンだと思っていたのは覚えていますね。子どもは子どもなりに色々考えてたんだなあと我ながら思います。


まあ、いざバレたら言い逃れはできなかったでしょうからね。
実際教育によろしくない内容だったんで。




④走らなあかん、夜明けまで
(著:大沢在昌)


あらすじ
生まれも育ちも東京のサラリーマン、坂田勇吉。
出張で降り立った人生初の大阪で、アタッシュケースを置き引きされる。裏取引のブツと勘違いされたのだ。

アタッシュケースの中身は企業秘密の新製品。紛失となればクビが飛ぶ。
今のケースの持ち主は、大阪屈指の武闘派ヤクザ。話が通じる相手じゃない。

腕っぷしゼロ、土地勘ゼロ。
大阪ヤクザからアタッシュケースを取り返すべく、右も左も分からぬナニワの街を、東京リーマン・坂田がひた走る――!!


”読みたい本はタイトルで選べ”という思想の原点になった本です。


これはハッキリと覚えていますね。小学二年生の頃でした。

要は自治体の中央図書館の出張版なんですが、ライトバンに本棚詰め込んだ”移動図書館”ってのが月イチで小学校に来てましてね。
先生も生徒も、本を借りたい人が自由にのぞいては借りていってました。


で、自分もそこに行っては”かいけつゾロリ”の新刊ねーかなーとか思いながら本を物色してたんですが。

なにかの拍子に、そのタイトルが目に入りましてね。
目にした瞬間思いましたよ。


「えっ、なにこれカッコいい」


って。



本のタイトルにふつうじゃない(標準語でない)言葉が使われている。
あまつさえ、「、」までタイトルに入れてある。
そして、タイトルのリズムがすごく良い。声に出して読みたくなる。


方言(関西弁)、読点、七五調。
どれもこれも、子どもの自分が知るはずもない/本のタイトルに使うだなんて思いもよらないツールでして。
それらが組み合わさったタイトルは、この上なく斬新でクールなものに思えました。


何秒か呆けたあと、(絶対これおもしろいヤツや!!!!!)と確信。
かいけつゾロリそっちのけで借りたあと、放課後ひとりで教室に残って読みふけっていたのを覚えています。



いやー、実際おもしろいんですよ、この本は。
大沢在昌先生といったら”新宿鮫”だとか”ジョーカー”だとかで有名ですが、正直それよりもこっちのほうが個人的にはおもしろい。

非力なサラリーマンが主人公なだけに、ハードボイルドにありがちな主人公のクサさが一切ない。人の力を借りながら、自分も必死に知恵を絞ってヤクザと渡り合い、出し抜こうとする。
冒険小説としてすごくデキがいいんです。

読了後四半世紀経ってからアマゾンで購入して、やっぱりおもしろかった位ですからね。必読とは言いませんが、けっこうな佳作だと思います。



しかしまあ、アレですね。



小学二年生でコレは早かったかもしれねえ(今更)。



”Cの福音”もそうですが、これこそ親には見せられない類のブツだと八歳にして直感していました。だってヤクザとかバンバン出てきますもん。指折りシーンとかもあるし。


でもね、やっぱりおもしろかったんですよ。
エログロがどうのという話じゃなくて、純粋に物語としておもしろかった。



小説を楽しむということに、大人も子どもも関係ない。



そういう意味では、この本は自分にとってある種の記念碑です。
童話や児童文学ではない、大の大人が読む”小説”のおもしろさをはじめて教えてくれた本として。


四半世紀前の自分に会えるものなら、ジュースおごりながら褒めてやりたいですね。
自分がおもしろいと思ったものを親に隠れながらも読み続ける、お前の判断は正解だったって。
お前のおかげで、俺は人生を豊かにするツールを手に入れることができたって。



― ― ―


毎度のことですが長くなりました。
そろそろ、こんくらいでお開きにしたいと思います。


結局、”自分にとって”何がおもしろいのかなんて、自分自身にしかわからんですからね。

意識/無意識問わず、自分が求めているモノに合致する可能性が高いと思うんですよ。タイトルでピーンと来るっていうことは。


そういうワケで、私もこれからアマゾンでポチってこようと思います。
書いてるうちに思い出した、超絶おもしろそうなタイトルの本を。








全盛期の鳥谷でもカバーしきれんわ、こんな球。




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