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代わってあげられなくたって

げほ、げほと激しい咳の音。
ほんのりと赤く染まった顔。

「はぁ…っ………、はぁ……」
「あわわ…!せんせ、お白湯いります?」

バニラエッセンスを垂らした、甘い香りのお白湯。
かつて福永せんせが教えてくれた「落ち着く味」。

「うん……ありがとね、助かるよ」

「どういたしましてです…あ、熱いので気をつけてくださいね」

苦しさを和らげてくれれば、なんて願いつつ、そっと手渡す。

ここ最近の激しすぎる寒暖差と、昨日の急な雨で
福永せんせはすっかり風邪をひいてしまった。

鼻水はそこまでないけれど、咳と熱が酷い。
咳き込む度に丸まる背中。熱さに涙ぐんだ瞳。
はあ、はあと荒い息の音が、苦しさをひしひしと物語る。

「せんせ………」

「うぅ……ごめんね。こんなに………」

背中をさするくらいしかできないのが、心苦しい。
水や薬を渡すくらいしかできないのが、情けない。

「いえ……私こそ、代わってあげられなくて………」

私ばかり元気なのが、申し訳ない。
丈夫な自分の体が、働き者すぎる免疫機能が、今はひたすら憎い。

と、福永せんせが、咳のなかでふるふると首を振った。

「ちが……、それは、違うよ」

と、また大きな咳。
はあ、はあと息をつきながら、掠れた声が言葉を紡ぐ。

「君に………、うつらなくて、よかった」

涙目の視線が、ふと私を見つめる。

「君が、苦しまなくてよかった……喉が痛いとか、熱くて苦しいとか…なくて……それだけが、本当に……」

「そんな……」

熱くて、痛くて、苦しいはずなのに。
途切れ途切れの言葉には思いやりが詰まっていて。

「………っ、もう。私は免疫強いからいいんですよ!」

身体つよつよなんですから!と続ければ、苦しげな顔に少しだけ笑みが戻る。

「なら、安心…っ、だね……」

「そうなんです!強いから、安心なんですよ。……だから、」

苦しむ彼の体を、ぎゅっと抱きしめる。
熱も苦しさも、全部、丸ごとの福永せんせを。

「頼ってください、私のこと。たくさんたくさん」

「ウイルスもらえない分、代わってあげられない分、たくさんたくさん福永せんせのこと助けますから。……ね?」

「……もらおうと、しなくていいよ。でも…、ありがとね」

苦笑しながら、身体をやわく預けられる。
汗ばんだパジャマと、熱い息に、命を感じる。

「いいってことです。……せんせ、大丈夫ですからね」

どうか、彼の症状が和らぐように。
彼のきつさを、スポンジみたいに吸いとってやる。
そして、それを不思議な暑さの外気に向かって、ポイッと投げてやるんだ。

そんなことを念じながら、優しく、強く
福永せんせの身体を支え続けた。

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