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「何もしない」をする日の話

ぽかぽかと、暖かな日差し。
柔らかいお布団の感覚。

そして、愛おしい人の体温をじわりと受け止める背中。

「和みますねぇ…」
「だねぇ、穏やかで、心地いいなぁ……」

私と福永せんせは、昼下がりの時間をお布団で過ごしていた。

そもそものきっかけは、昨夜のことだ。

「『何もしない』をする日、かい?」
「はい……職場で勧められまして」

今週は忙しかったからか、ついつい疲労が溜まっていた。
そのせいで、いつもはしない凡ミスを重ねてしまって。

で、見かねた同期に勧められたのが「『何もしない』をする日」という、少々哲学的にも聞こえる提案だった。

「不思議な言い回しだねぇ…『何もしない日』でよさそうなのに」

「何でも、『何もしない』のがストレスって人に向けて作られた…らしい、です。頑張るのが日常、というか」

「なるほど…まるで君そのものだねぇ」

んぐっ……と、思わず打ちのめされる。
自覚はあるが、改めて言われるとこう…ちょっと堪える。

「いつも何かと一生懸命だもの。まあ、そんなところも僕には愛おしいけどね」

と思ったら、今度は右ストレートの肯定、もとい愛情。

「うぅ…、照れる、けど…ありがとうございます」
「どういたしまして、かな?……じゃあさ、明日やってみる?」

「………へ?」

「だから、『何もしない』をする日。僕と一緒に」

だって明日はお休みだろう?と、柔らかな日差しのような笑顔を向けられて。
気づいたら「ですな…やりましょうか!」と頷いていた。

そして今朝からずっと、
私と福永せんせは「何もしない」に勤しんでいる。

飲み物やお菓子をお布団近くのローテーブルにおいて、
二人で気ままにゆっくり過ごして。

ときどき、微睡んでみたり伸びをしてみたり。
ちょっとだけ本を読んでみたり。
あるいは、抱きしめあってみたり。

きままで緩やかな時間は、二人で猫にでもなったみたいで。
いつしか心身の疲れがどこかに吹っ飛んで、
今は温かくて柔らかい、穏やかな気持ちで満ち溢れている。

「いいですね…『何もしない』をする日」
「だろう?やっぱり、勧めて大正解だったなぁ」

どこか誇らしげな彼の声。
背中越しの温度と柔らかな笑みに、張り詰めていた何かが
桜の花弁みたく柔らかく崩れるのを感じる。

同期に感謝だなぁ、なんて思いつつも
決定打になったのはやはり、福永せんせの提案なわけで。

「ですねぇ。ありがとうございます、せんせ」
そういってぎゅっと腕に手のひらを重ねれば

「どういたしまして。…何だか、改めて言われると嬉しいなぁ」
そんな心地いい返事。

と、福永せんせの腕にほんの少し力が入る。

「……ねえ、」

「何ですか?」

「ずっと…ずうっと、こうして居たいね」

こぼれたのは、温かくて、切なる願い。

「ずっとこうして、二人で居たいね。自由に、一緒に」

私を抱きしめる腕に、優しく力が加わる。
彼の体温が、柔らかな息が、確かな鼓動が。
すべてが、私に柔らかく伝わる。

「私もですよ。福永せんせと、ずっとこうしてたい……」

そう答えれば、腕にもっと愛おしげな力がこもる。
まるで、二人の境目を塗りつぶしてなくすみたいに。
あるいは、熱で溶かして混じり合うみたいに。

「……嬉しいこと言うなぁ、もう」
「当たり前ですよ。いつだって、そう思ってますもん」

「もう…本当に、君は……」
照れたようなテノールが、耳をくすぐる。

「……なんか、照れちゃうじゃないですか。もう」
鼓膜の震えに、何だか胸が熱くなる。

愛おしき「何もしない」をする日。
愛おしさにあふれた穏やかな時間の中で、
頬の熱を感じながら、福永せんせの腕をぎゅっと抱き寄せた。

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