甘いワクワクをお買い上げ
「ねえねえ、あっちに凄い本があったよ」
電車とバスを乗り継いで来た、大きな書店。
どんな小説が出ているか気になって文庫の棚を見ていた私に、福永せんせが何やらワクワクした面持ちで近寄ってきた。
新たな発見に目がきらきら輝いていて、真昼の太陽みたいだ。
「凄い本……ですか?」
「うん、今の雑誌…というのかな?ああいうのもあるんだなぁって、驚くようなすごい本なんだ」
「なる…ほど……?」
どうやら、雑誌と呼ぶにはちょっと違う感じの本らしい。
だが、「ああいうのもある」というのはどういうことだろう?
気になって福永せんせにその本の棚まで案内してもらえば、そこはいわゆる「ムック本」のエリアで。
「………『大きなプリン型で作るお菓子』」
「そう、何でもこの表紙のプリンが作れる雑誌?らしくてね」
プリンを連想させる色合いの表紙に、パティシエのような服装の男性の写真。
加えて、ど真ん中には大きくプリンの写真が配置されている。
「こういう調理器具も書店で買えるなんてって、つい驚いちゃってさ。それに、装丁というか…カバーも何だか可愛らしいし」
あ、そうか。
福永せんせにとっては、こういうムック本や、それが置いてある光景って、まだ見慣れないものなんだなぁ。
せんせが知っている「本屋さん」と私の知っているそれのギャップを感じて、不思議な気分になる。
それに、本の装丁にもこだわりがある福永せんせだ。
お菓子の甘さを色や可愛らしさで表現したこの本に、興味を引かれたとしても不思議ではない。
「ほほう…では、ちょっと見てみましょうか」
そう言って雑誌を手に取り、パラパラと捲ってみる。
中には可愛らしい写真付きで、表紙のプリンをはじめ色々なメニューが載っていた。
「わぁ…え、結構大きめなのに作れちゃうんだ」
「あ、しかもレシピ意外と簡単かも……?」
「ねえせんせ、アレンジのこれ美味しそうじゃないですか?」
「どれどれ?…おぉ、そうだねぇ。あ、でも僕はこっちのも好きだなぁ」
肩を寄せあって、小声でワイワイ。
せんせの楽しそうなひそひそ声が、心地よく耳を撫でる。
「いいなぁ…こういうの、家で作れたら楽しいだろうね」
「確かに…追分に持って行って、色々作っても楽しそう……」
話しながらふと見上げれば、子供みたいに目を輝かせた福永せんせ。
愛らしいなぁなんて思いつつ、ふと想像してみる。
ひんやりとした大きなプリン。
独り占めならぬ「ふたり占め」して、美味しいねって食べる時間。
………確かに、とても楽しそうだ。
それに、控えめに言ってそれって…最高の贅沢じゃないか?
「……せんせ、この本買ってみません?」
「え、でも…君は今日、小説を買うんだって息巻いてたのに…」
「や、たまにはこういうのもいいかなって。使う楽しさがある本ってのも一興じゃないですか」
楽しさと美味しさ、それにささやかで愛おしい贅沢を買えるとしたら、むしろ必要経費とさえ言える。
「いいのかい?じゃあ…うん、折角だし買っちゃおうか!」
思案顔から一変、ニコッと笑う福永せんせ。
向日葵の花が咲くみたいな、愛おしい笑顔。
「実はね、この本を見たときに、君とこの大きなプリン食べたいなって思ってたんだ。だからね、今とても嬉しい!」
笑顔も、声も、本当に嬉しいと物語っている。
つくづく、この柔らかな正直さが、愛おしい。
「じゃあ、帰りは卵と牛乳、多めに買って帰りますよ?」
そう声をかければ、「もちろん!」と笑う福永せんせ。
晴れ渡った夏の青空を音にしたみたいな声に、「ああ、大好きだ」と思った。
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