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「可愛い」の乱

「ねえ、『格好いい』じゃないのかい?」

「………へ?」

はたと手を止めて、福永せんせを見る。
ちょっぴり不機嫌そうな顔。
いじけてるような、むくれてるような。そんな表情で、福永せんせは続ける。

「だから、『可愛い』じゃなくて『格好いい』じゃないのかい?」

どうやら、私は「格好いい」を強請られているらしい。
目の前の、こんなにも愛らしく慕わしく、愛おしい人に。

「『可愛い』は君みたいな人のためにあるんだから。僕には『格好いい』だよ。『格好いい』。分かってくれないかな?」

むっと小さく頬を膨らませる福永せんせ。
ありがたいやら照れくさいやら、どうしたらいいものか…

「え、っと……」

というか、そもそもどうしてこうなったんだっけ?
頭をグルングルンとフル回転させて、数十秒前を思い出す。

買ってきたチョコレートを、福永せんせと食べてて…
で、美味しそうに食べてる食べてる姿に「可愛い」って思わずこぼした…ら、こうなった……のか?

とはいえ、あれは独り言というか、なんというか……
少なくとも、私はからかったりってつもりはないし……

「………もしかして、納得いかない?」

どうやら、私が考え込んでたのを「NO」と受け取ったらしい。
益々、拗ねたような表情になる福永せんせ。

「え!? いや、そうじゃなくて、その……」
「もう、分かってないなぁ。君は」

と、おもむろに手をとられ、握りしめられる。
骨ばった長い指と大きな手のひらに、あっという間に包まれる。

「ほら、手のひらだってこんなに大きいんだよ」
「それは、確かに……」
「だろう?それに、ほら」

今度はぐっと覆いかぶさってくる。
バランスを崩して、思わずソファの座面に背中をついてしまったが、お構いなしだ。

「身の丈だって、君を包み込める程度には広いし」
「うっ……それも、また確かに……」

と、今度は耳元に顔が近づいて

「声だって、君よりは低いだろう?他の男よりは高くてもさ」
「……っ!」

くすぐったさと声の甘さに、心臓が跳ねる。
耳がじんわりと熱い。それに、顔も。

まるで、彼が…福永せんせが、
「格好いい、男の人」だと分からせるように。

「そ、そう…ですね……」
照れてるせいか、声が小さくなる。
なんだか、すごく甘くて恥ずかしくてドキドキする。

「だろう?だからさ…、」
と、少し顔を放す福永せんせ。
私の目を覗き込むようにして、言葉を続ける。

「だから、君の『格好いい』を僕におくれよ。…駄目かい?」

どこかムスッとして、でも、愛おしげで。
いたずらっ子のような、お強請りする幼い子どものような。
でも、どこかずるくて意地悪な大人のようでもある。

いつもは見せないような表情。
そんなの見せられたら、それもこんな近さで見せられたら
私だって陥落するしかないわけで。

「………駄目じゃない、です。福永せんせ、格好よすぎる…」

真っ赤な顔で、言葉の白旗をあげる私。
彼も、そんな私の姿を見て機嫌が戻ったらしい。

「……うん、よろしい。合格、いや満点合格だね」

どこか得意げに、まるで先生のように呟くと、体を起こされる。
向き直れば、頬に大きな手をそっと添えられて
唇にチョコレートの香りのキス。

「僕だって、格好いいって思われたいんだよ?愛おしくて可愛くて、大切な君には尚更ね」

愛らしくて格好いい笑みを浮かべ、そう続ける声が愛しくて。

「もう…そういうのずるくないです?」
「格好よくて、愛おしくて…もっと大好きになりますよ」

そんな言葉を重ねて、赤い頬のまま彼の唇にそっと口付けた。

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