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冬にまどろむ

時刻はお昼12時。ちょうど1日の折り返し。
朝のひんやりした空気が少し和らいで、幾許か心地いい時間帯。

この季節にしては珍しく暖かで、ストーブも要らない。
窓から差す陽の光は柔らかく澄み切ってて、何だか清々しい。

にも関わらず、福永せんせが起きてこない。

まさか、ヒートショック?心臓発作?
それとも持病が……?

怖くなってドアが開いた形跡のない部屋に駆け込んだら、そこにはすやすや眠るせんせの姿。
念のためにそうっと近づいてみれば、規則的な寝息の音と上下する肩の動きも確認できた。

と、彼の目が開く。

「んん………あれ?おはよぉ…」

寝ぼけまなこの顔がこっちを見る。
まるで、私がバタバタと部屋に駆け込んだ原因なんて、微塵も気づいてないみたいに。

「せんせ!よかった、生きてましたね………」

「………?うん、生きてるよ?」

こてん、と布団の中で首をかしげられる。
きょとん、というオノマトペが似合いそうな表情。
歳上の人にこんなこと言うのもなんだけど、可愛い。

「起きてこないから怖かったんですよ。お部屋で何かこう…ヒートショックとか、体調悪くなったんじゃないかって」

「そうだったんだ……ごめんね?でも、だいじょぶだよぉ」

半分寝ぼけた顔で、ふにゃっと笑う。
私の心配もそっちのけな、拍子抜けなほどのふわふわ感。
それはさっきまで胸にあった、何かに縋りつきたくなるような不安や怖さを、やわく取り払ってくれて。

魔法みたいだなぁ、なんて。
気づいたら私の口元まで綻んでしまう。

「うん、大丈夫なら何よりです。…じゃ、私はお昼食べに」
「え…行っちゃうの?」

え、と思ったのも束の間。布団からもそっと出てきた手にぎゅっと手を取られる。

「一緒にお昼寝、しない?」

子どもみたく澄んだ目で、じっと見つめられる。

「え、っと……」
「一緒に寝ようよ、ここで。朝は朝寝、昼は昼寝ってさ」

大きな手が、私の手のひらを包む。
骨ばった指が私の指に絡まって、気づけばきゅっと二枚合わせの貝のように手のひらが重なる。

「………駄目かい?」

行かないで、と訴えるような手のひらと表情、駄々をこねるような声。
正直、それだけお膳立てされて堪えられるほど私も意志が固くないわけで。

「………だめじゃない、です」
そう答えれば、貝のように重ねた手がぐっと引っ張られて。
気づけば柔らかい布団の中、ぎゅっと彼に包み込まれる。

ふふふ、と笑う福永せんせの声が、悪戯に成功した子どものそれのようだ。

「じゃあ、決まりだね。……それにしても、君、あったかいなぁ」
「ニット着てるからですかねぇ…」
「それに、いい香りがする……」
「シャンプーですかね…ふふ、何かくすぐったいです」

「いい夢見れそうだなぁ……。じゃあ、おやすみ………」
そう言って目を瞑る気配。
福永せんせの体重が、やわくかかる。

「はい、おやすみなさい。せんせ…」

あたたかくて、柔らかくて、心地よい重さもあって。
だんだん、私のまぶたもやわく下がっていく。

絆されたみたいで悔しいけど、私も少し寝ようかな。

やわくあたたかく、ゆるくゆるく。
福永せんせを追い掛けて、私もそっと意識を手放した。

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