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郡山市のタクシー

福島県郡山市。
東北地方では仙台に次ぐ規模の中核都市であり、新幹線やまびこに乗れば東京から1時間少々で来れてしまう。
東京駅から気楽に遠出するなら有望な選択肢の一つだが、ぼくの場合はあくまで仕事である。

この日、ぼくは午前中は東京の社内で雑務をこなし、16時から始まる郡山市での打ち合わせに間に合うよう、東京駅から新幹線に乗った。
余裕を持たせて、郡山駅15時前後着を目標にしたとしても、13時半に東京駅にいればほぼ間に合う。
東北地方であるにも関わらず、東京駅から2時間半かかる埼玉県秩父市に行くより断然近いのである。
ぼくは予定通り15時には郡山市に入り、駅周辺で適当に時間をつぶした後、タクシーを拾って打ち合わせの現地へ向かった。
車は黒いクラウンコンフォートで、座席には白いレースのカバーがかかっている。
「東京から来たんですか?」
「そうです」
「また駅まで戻るの?」
「そうです」
「だったら、呼んでもらえたらまた来ますよ。その界隈、電話してもタクシー断られると思うんですよ。名刺お渡ししますね」
運転手はぼくに名刺を渡してくれた。
「タクシーを呼んでも断られる」というのが本当かどうかは別として、受け答えの感じもよかったので、ぼくは機嫌よく名刺を受け取った。
てっきり個人タクシーかと思ったら、そういうわけでもない。
当たりのタクシーを捕まえた、と思った。
都内でもそうだが、タクシーには当たりはずれがある。
土地勘のない場所で「はずれのタクシー」に乗ってしまうと、道に迷ったり、料金が余計にかかることもある。当たりは貴重なのである。
ぼくはタクシーの運転手に礼を言うと、目的地で降りた。
予定通り、これから打ち合わせである。

2時間後、打ち合わせを終えたぼくは、例の運転手に電話をした。
あまり駅から近い場所ではなかったのに、10分ほどで来てくれた。
「駅前でいいですか」
運転手は明るい声で言った。
「駅から少しのところに、マルイありましたよね」
「ありますね」
「そしたら、マルイの前でお願いします」
「わかりました」
実は、郡山についたタイミングで、「OIOI」という看板を掲げたビルを見つけていた。
しかし、駅改札からの距離を考えると、せいぜい片道で5分前後だろうが、それでも少し歩かなければならない。
約束まで1時間の余裕はあったが、タクシー乗り場までの往復や中を見る時間、そしてその後にタクシーで客先へ向かうこと等もろもろ考えると、少し心許ない気がする。
それで、帰りに寄ってみようと、この時から決めていたのである。
ぼくは、タクシーの車窓から町を眺めた。
人通りが少ない。
車社会で、もともと鉄道の利用客が少ないのだろうか。平日だからだろうか。
いろいろ理由を考えたが、「地方の衰退」という文字も浮かんだ。
もちろん、本当のところはわからない。
「マルイもねえ、少し前までにぎわってたんですけど」
ぼくの考えを読んだかのように、運転手が言った。
「まさか、なくなるとはねえ」
一瞬、運転手が何を言ったのかわからなかった。
なくなる?何が?
「お待たせしました」
混乱している間に、タクシーはマルイの入り口前で停車した。
よくわからないまま支払いを済ませ、タクシーが去ったあとに振り返ると、ショーウィンドウには
「長年のご愛顧、まことにありがとうございました」
という内容のA4用紙が縦位置で貼られていた。
マルイ郡山店は、ぼくが来る2週間前につぶれていたのである。
様々な思いが去来した。
地方都市に吹く寒風。東京一極集中型経済の弊害。
ぼくの地元である千葉駅周辺でもその後パルコが閉店しているから、こうしたニュースは決して他人事ではない。
しかし、一番強く思ったのは「あのおっちゃん、なんで教えてくれなかったの」ということである。
当たりと思わせておいてこの仕打ちとは。野郎、覚えてろよ。
一通り脳内で悪態をつくと、ぼくはこの日の宿に向かった。
実は、明日の朝いちばんで別の打ち合わせがあり、それに合わせて1泊することになっていたのだ。だから、時間はたっぷりある。
「マルイ通り」を風が吹きぬけた。3月とはいえ、まだ寒い。
閉店したマルイ沿いには、当然「かつてマルイだったビル」しかない。
その道には、ちょっと温まりに……と足を止められる喫茶店もない。いや、かつてはあったのだろう、それがマルイともども消えたのだ。
地方都市を散策するのが好きなぼくにとって、ぶらりと立ち寄れるエリアが丸ごと無くなってしまった事は何よりショックだった。
もちろん、地元民にとってはより深刻な問題ではあろうが。
ぼくはホテルのドアを開けた。
フロントの女性がぼくの顔を凝視している。
相当ひどい顔をしていたのだろう。
その理由が、マルイが閉店したタイミングなのか、タクシー運転手とのコミュニケーションの齟齬なのかは、自分でもわからない。
(続く)

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