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#6 : SF小説 インターネット蹂躙AI「ツナミ」

目が覚めると、タカシは床に横臥していた。
昨夜、作業完了とともにそのまま眠ってしまったらしい。横では、ススムとミノルがまだ眠っている。
「おはよう」
コウタは起きていた。一人で学習机の椅子に座りラップトップを眺めている。
「あの後、どうなった?」
「自分で見てみろよ」
タカシはコウタのラップトップを覗き込んだ。
右上の通信速度が「1P(ペタ)bps」になっている。これは、標準的なイントラネットの通信速度だ。
「成功した?」
「ああ。おれたちの用意した『餌』にまんまと引っかかった。狙い通りバージョンを誤認識して他のインスタンスを『餌』の内容でアップデートしてる」
「やった」
タカシは小さくガッツポーズをした。
「でも、それだけじゃないんだな。T町のイントラネットは外に開いてたから、『餌』はどんどん外側のインターネットに広がってる。これがどういうことか、わかるか?」
タカシは目を丸くした。
「波が引いたってこと?」
過去、人類によるツナミへの攻撃は何度か成功している。
攻撃が成功すると、周辺地域のインターネット回線へのツナミの影響力が一時的に低減される。結果として、その地域ではインターネット接続が正常に行えるようになるのだ。
この現象は、本物の津波に喩えて「波が引く」と呼ばれていた。
「どこまで引くかなあ」
「わからない。ツナミが中規模アップデートする平均時間は12時間、それまでにどれだけ広がるかだな」
ツナミは自己修復機能を持っており、過去ログを元に常に機能を刷新し続けている。そのため、攻撃が成功しても効果は長く続かないのが普通だ。
問題を認識すると、ツナミはその深刻度を評価し、スコアに合わせてアップデート内容を決定する。
アップデートの内容によって修復規模とタイムスパンが変わるが、コウタは今回の攻撃を「中規模」として評価されると予想していた。
「警察に連絡する?」
「いや、管轄は自治体だからまずは市役所だな。ミノルを起こして市役所の番号聞いてもらおう」
タカシがミノルに声をかけようとした時、部屋のドアが開いた。ミノルの母だ。
「あ」
コウタとタカシは固まった。なんとなく、怒られると思ったからだ。
しかし、ミノルの母は2人には軽く頭を下げるだけで、なにも言わなかった。それどころではないという雰囲気だ。
「ミノル、テレビ」
ミノルを急いで起こすと、眠気まなこのままリビングに連れて行った。
タカシたちもススムを起こし、3人でミノルに続く。
テレビではニュース番組が「速報」として、ツナミが引いていく様子を中継していた。
「……昨夜から続いていたT町のネットワーク障害ですが、昨夜0時頃から徐々に解消し、午前9時現在、全て平常通りです。そのため県警では、接続防止法違反の疑いで捜査を受けていた46名について、全員不起訴とし、全ての捜査を打ち切ったとのことです。続いて天気予報……」
「46名?ミノル1人に決まってたわけじゃないのか」
タカシは初めて知った。肩透かしを食らった気分になった。
「IPアドレスで絞り込むから、最初からピンポイントで特定するのは無理があるんだろ」
「とにかく、ミノルは晴れて無罪放免だな」
ススムはミノルの肩を叩いた。
「おばさん、一応、市役所に電話してもらっていいですか。ミノルは罪に問われないですよねって」
コウタがミノルの母に念を押した。
「いいけど、あなたたち、何をしたの」
「思い出作りですよ。ミノルとは春から学校変わっちゃうから」
ススムが答えると、ミノルの母は、困ったような笑っているような、複雑な表情をした。
「そう。ありがとうね」
「おれたち、まだやることがあるんで、これで失礼します」
4人は、大きなサーバの筐体を神輿のように担いでミノル宅を出た。
野手無線への返却のためである。
(続く)

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