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#8 : SF小説 インターネット蹂躙AI「ツナミ」

秘密基地に登ると、タカシはLANケーブルに繋がっているタブレットを外した。
受信メールの残り件数は「0」になっている。
「すごい、本当にインターネットが復活したんだ。全部受信できてる」
タカシはタブレットのメールアプリを開いて、内容を確認した。
ほぼ迷惑メールである。
「全然フィルタリングできてないや」
コウタが覗き込んだ。
「これがツナミの正体なんだよな」
「どういうこと?」
いくらスクロールしても、延々とスパムメールが続いている。
「ツナミはそもそもスパムメールのボットなんだよ」
「ええっ」
タカシは驚いた。
スパム送信のためのソフトウェアが、インターネット全体を機能不全にしているというのか。
「起源は20世紀にまで遡るらしいけど、人間が管理していた最後の場所は、アフリカのどこかの国なんだってさ。その国が政変で倒れて以降、管理者の権限が失われて、ずっとそのままになってるんだ」
「じゃあ権限をハッキングで取得すれば」
「そう思うだろ。初期はそれで成功した例もあったけど、今ではインスタンスごとに管理情報が違うし、不正アクセス検知が厳しいから現実的じゃないんだ」
コウタはツナミについてススムと2人で競うように調べているから、大人顔負けに詳しい。
「この午前中くらいは、インターネットが昔みたいに使えるはずだ。その間に何か、やっときたいこと済ませた方がいいぜ」
インターネットを使って、実現したいこと。
タカシは、ひとつだけ思いついた。
「ぼく、お父さんにテレビ電話していいかな」
タカシは心臓が高鳴るのがわかった。それを見られるのが、少し恥ずかしくもある。
「いいじゃん。しろよ」
コウタはタカシの家庭の事情を知っているから、なんとも思わない。
タカシはタブレットのテレビ電話アプリを起動した。このタブレットでは今まで使ったことのないアプリだった。
タカシの父親は単身赴任で長期間日本に帰っていない。最後に会ったのは去年の正月だったはずだ。
父親のアイコンをタップすると、アプリは呼び出し中の画面になった。
「出るかなあ」
「出るといいな」
タカシの父親は今、ムンバイにいる。
時差は3時間半、早朝の電話になる。
しばらく待っていると、着信を受けた音が鳴り、父親の顔が鮮明に表示された。
「お父さん!」
「タカシか?どこからかけてるんだ?こっちに来てるのか?」
タカシの父親は驚いている。
イントラネットからの通信だと思っているらしい。
「違うよ、ツナミが引いたんだよ」
「ツナミが引く?」
タカシの父親はいまいち理解できていない。
インターネットがほとんど不通になったのはタカシの父親が小さい頃のことだから、無理もない。
「今だけインターネットが普通に使えるんだ。だからお父さんに電話してみたんだよ」
「へえ、そんなことがあるんだなあ。そうか、タカシ、また大きくなったなあ」
親子にとって、インターネットが繋がっている理由など、どうでもいいことだった。
「お父さん、朝早くにごめん。あんまり時間がないから、待てなかったんだ」
「いいよ。最後に会ったのはいつだ?去年だよな」
「うん」
「もう中学に上がるんだよな。お父さん、春くらいには帰れると思うから、入学式には行くつもりだよ」
「わかった。楽しみにしてる」
画像は鮮明そのものだ。速度は1P(ペタ)bps、これはタカシの知っているインターネットの1京倍の速度に相当する。
「あと、タカシ」
「なに?」
「お母さんと話させてくれないか」
「お母さん?」
タカシは言葉に詰まった。
「お父さん、このまま待てる?」
「待てるよ、大丈夫」
タカシはタブレットを鞄に入れた。
「コウタ、ぼく、帰るね」
「早く行ってやれよ。お母さんによろしくな」
「ありがとう」
タカシは梯子をつかんだが、ふと立ち止まった。
「コウタは何しに基地に来たの?」
コウタはさっきからタカシに付き合っているばかりで、何もしていない。タカシはようやくそのことに気がついた。
「ああ、おれ、明日引越すんだ。それで荷物取りに来たんだよ」
「えっ」
タカシは驚いて、動きが止まった。
寝耳に水である。
数秒、そのまま動けなかった。
「おい、お父さん待たすなよ。早く行けって」
「だって」
タカシは思考が整理できない。
「どこに引っ越すの」
「九州の方だよ」
遠すぎる。
当然、イントラネットは繋がらない。
「メールもできないじゃん」
コウタはカラッと笑った。
「おれたち普段だってしてないだろ」
「それはいつも会ってるから」
タカシは黙った。言葉が見つからない。
「まあ、できて文通だな」
コウタはタカシの肩を叩いた。
「それか、今日みたいにさ、また波を引かせて、テレビ電話でもしようぜ」
過去、人類によるツナミへの攻撃で、効果があったのは両手で数えられる程度である。誰でも出来ることではない。
しかし、コウタならやるだろう。
「ほら、さっさと行けよ」
タカシは追い立てられるように梯子を降りた。
地上に着いて上を見ると、コウタがこちらを見下ろしていた。
「おばさんによろしくな」
コウタは小さく手を振って言った。
タカシは頷いた。
コウタは、他の誰にも言わなかったし、もしかするとタカシにも黙っている気だったのかもしれない。
湿っぽいことを大ごとにしたがらないのは、いかにもコウタらしい。
今日は天気が良い。雲ひとつない青空である。タカシはコウタに手を振って自転車に跨り、力いっぱいペダルを漕いだ。
(完)

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