見出し画像

単線2両の列車が、霧の山中を行く。
八王子から高崎までを結ぶ八高線は、乗り慣れない乗客にとっては敷居が高い。
まず、乗り場からして変わっている。八王子駅から八高線に乗るには、1、2番ホームまで降り、そこから100メートルほど歩いた先にある一番端の3番ホームまで行く必要がある。
それも1時間に1本という閑線だから、絶対に遅れられない。
他の路線であれば、一本逃しても別の経路を検討する余地があるが、八高線の途中駅へは八高線でしか行けない。
そういう理由で、この路線を使う時は普段以上に気を引き締める必要があった。
「次は児玉」
敷居の高さはそれだけではない。
ディーゼル2両編成車の場合、先頭車両の運転席脇のドアからでないと降りられない上、無人駅に対応するためか、料金は小銭で用意する必要があった。
もはや鉄道というよりバスに近い。
知らない町でバスに乗る不安を想像してもらえれば、ほぼ、同じ感覚だろう。
降りる駅が近づいてくると、ぼくは揺れる車内を移動して、まずは先頭車両に移動した。
車内は混雑している。乗客のほとんどが学生らしく、ジャージや学生服がよく目につく。
その中で一人することもなく、ぼくは立ったまま車窓を眺めていた。
窓の外は濃霧が立ち込めており、見通しは極めて悪い。
「群馬藤岡」
降りる駅に着いた。
用意していた小銭で運賃を支払うと、注意深くステップを踏み締めてホームへ降りた。
前の駅までは曇りだったが、この駅では雨が降っている。防寒を怠ったせいで、身体が急速に冷えていく。
急いで駅舎に入ったものの、思ったほど暖かくはない。ただ、木で出来たベンチが沢山あって、座る場所には困らない。
利用客はぼくと、少し離れた場所に老婆が一人座っているだけだった。
外は雲の中に建っているのかと錯覚するほど霧が濃い。一面真っ白で、視界は10メートルもなさそうだ。山の中だからか。その辺は、登山をしないのでわからない。
すごいところに来た、という感慨はあった。ただ、約束まであと1時間ほどある。
すぐに退屈になった。
当然、売店などはない。
自販機だけはあった。
ぼくは缶のコーンポタージュを買って、その温もりで暖を取った。
ポタージュがなくなったら、そのあとはどうするべきか。途方に暮れながら、窓から見える霧を眺めていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?