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#4 : SF小説 インターネット蹂躙AI「ツナミ」

ミノルの住む団地の1階は商店街になっている。
かつて商店街は閑古鳥が鳴いていたというが、タカシたちには信じられない。
インターネットが利用できなくなり、グローバルな取引が以前より難しくなった結果、地場でのビジネスが盛況になった。商店街はいつも混んでいて、人をかき分けるようにして進んでいかなければならない。
野手無線は、商店街のちょうど中央にある。
白地に黒で大きく「note」と書かれた看板の下は、煌々とLEDがついていた。
「あるかなあ」
ミノルは自分から言い出した割に、少し不安げである。
「見てみないとわからないよ」
タカシとミノルは、店の中に入っていった。
入店を知らせる電子音が鳴ると、奥の方から「いらっしゃいませー」という男の低い声だけが聞こえてきた。
「一応、ぐるっと回ってみよう」
店内は中央と奥に大きなガラスケースがあり、中古のジャンク品が所せましと並んでいる。
頭上にいくつも取り付けられたディスプレイでは、タカシの見たことのないアイドルグループがへそ出しの衣装で踊っていた。
「8,000円、かあ~」
ミノルが奥の方で絞り出すような声を上げた。
そこには、小型のワンボードコンピュータがあった。
「新同品 8,000円」と書かれている。
「ぼく、店員さんに聞いてみるよ」
タカシはカウンターに行き「すみません」と声をかけた。
「はい」
低い声と共に出てきたのは、目つきの悪い、白髪頭の男だった。
少しひるんだが、負けじと話し続けた。
「あそこにある、ワンボードの小さいやつ、あと1,800円安くなりませんか」
「ならないけど、どうして?」
男は不躾な値引き交渉に顔をしかめた。
「ぼくたち、6,200円しか持ってないんです」
「じゃあ、買えないね、うん」
男は、応じる気はないと言わんばかりに一人で頷くと、また奥へと戻ろうとした。
「いや、あの、聞いてください」
タカシが慌てて言うと、男は怪訝な顔で振り返った。
「いろいろ事情があって、どうしても今、サーバ用のマシンが必要なんです」
サーバがなければ「作戦」は実行できない。
断られたら終わりだ。
緊張で、心臓の音が聞こえるような気がした。
「値引きが無理なら、せめて、貸してもらえませんか。6,200円で貸してもらったら、明日返しに来ます」
「どうしてそんなに切羽詰まってるの」
男は少し、興味を持ったらしい。カウンターに両肘をついて手を組んだ。
「おじさんなら、ツナミって、わかりますよね」
「わかるも何も」
男は少し笑った。
「今コード眺めてたとこだよ。どっかのバカがイントラからネット繋いだせいで、うちのサーバも汚染されちゃったからね。仕事にならないから、今日はもう遊んでるのよ」
男は店内にあるディスプレイを、アイドルの映像からエディタの画面に切り替えた。
さっきススムが見せてくれたのと同じものだ。
「きみ、コード読める?」
「ええ、少しですけど」
男は話が通じる相手とわかると、にんまりと笑った。
「このコード、すげえよな。人間が書いたもんじゃないだろうとは思ってたけど、やっぱりAIが生成してるんだよ。高速化のためにいろんな工夫がされてる。芸術だよ、これは」
「でも、まだ修正されてないバグもあるんです」
「バグ?」
男は笑った。
「きみが見つけたのか?」
「ぼくの友達です。今、この上でツナミを攻撃するプログラムをみんなで組んでるんです」
「ツナミを攻撃?本気か」
「はい」
男は一瞬黙った。何か考えているらしい。
ミノルの方に目をやった。
「おい、きみもこっちにおいで」
ミノルは、ビクッと反応して、おそるおそるタカシの方へやってきた。
タカシとミノルは二人で横に並んだ。
「上でって言ったな。それはそっちのきみんちか」
男はミノルを顎で指して言った。
「あの、はい、そうです」
ミノルが小さい声で言った。
「ふうん」
男は細い目をいよいよ細くして、笑っているのか怒っているのかわからないような顔をした。
「さては、この町のイントラからインターネットに接続したの、きみだろ」
ミノルは顔を真っ赤にして黙った。図星、という表情をしている。
「どおりで昨日、警察が来てたわけだ。なるほど、友達のためにみんなでなんとかするってわけか」
男は、だいたい事情を察したらしく、ため息をついた。
インターネット接続防止法は、今でも賛否の分かれている法律である。
何しろ、知識のない者が誤って接続しただけで罪に問われてしまう。
確実に不起訴を勝ちとるためには攻撃を受けたイントラネットを正常化するしかないが、そんなことは極めて限られた人間にしかできない。
「しかし、ツナミ相手にサーバ1台でなんとかなるもんなのかね。きみたち、名前は」
「タカシです。こっちはミノル」
「いくつ?」
「12歳」
「小学生か」
「はい」
「小学生が、ツナミをねえ」
男は天を仰いだ。
「タカシくん、おれもこの団地に住んで長いから、ミノルくんが上に住んでるのは知ってる。うちで買い物してくれたことはないけどね」
ミノルは黙って聞いている。
「わかった。おれのサーバなら貸してやるよ。接続防止法違反だろ?急いだ方がいいよな」
タカシとミノルはぱっと顔を上げた。
「本当ですか」
「あ、きみのお父さんとお母さんは知ってるから、持ち逃げしようったって無駄だぞ」
「もちろん、絶対に返します」
「どのみち初期化しないと使い物にならないのは知ってるよな。待ってろ、運んでってやる」
男は電源を引っこ抜き、大きな筐体をさらに大きな箱に詰めると、台車に乗せて押しながら店の外に出た。
「何階だ」
「11階です。ぼくらで運びますよ、あと、いくらですか」
「子供になんて運ばせらんないよ」
男は話を聞いているのか何なのか、独り言のように言ってエレベーターに向かった。
自然と、二人が男を追いかける格好となった。
(続く)

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