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#3 : SF小説 インターネット蹂躙AI「ツナミ」

「うん、今日はミノルの家で泊りがけで勉強会することになったから……大丈夫。また連絡するよ」
タカシは緑色の受話器を置くと、電話ボックスから出てきた。
ツナミが世界を襲った時、携帯電話網はすべてインターネットを前提とした技術に置換された後だった。
ツナミによってインターネットが不通になった後、ネットワークの再構築にかかるコストを嫌った携帯キャリアは軒並み撤退、現在では衛星通信網による高額な携帯電話しか残っていない。
結果、町中いたるところで電話ボックスが復活した。
携帯電話が広く普及した後だったので、その代替を果たすため、昭和の時代を超える数が設置されている。
電話ボックスを出ると、すっかり低くなった西日がまぶしい。
4人はミノルの住む団地の広場で集まっている。
「コウタは連絡しないでいいの?」
「おれは大丈夫、どうせ家に誰もいないんだ。ススムは?」
「実は、基地に行くとき、こうなると思ってたから事前に言ってきた」
「こうなると思ってたって?」
「ミノルのことは知らなかったけど、T町のネットがダウンしたってことは、こっちからツナミを攻撃できるまたとないチャンスだろ。みんな乗るに決まってると思ってたんだ」
ススムは眼鏡を直しながらいたずらっぽく笑った。
「大丈夫かなあ。お母さん、警察が来たからショックで寝込んでるんだ」
ミノルは不安そうにしている。
「じゃ、静かに入ってやろうぜ。なにせ勉強会だからな」
コウタは対照的に、楽しくて仕方ないという風で落ち着きがない。
4人はエレベーターに乗って、11階を押した。
「買い物は大丈夫かな?お菓子と飲み物は買ったけど」
「腹減ったら下の売店でカップ麺でも買ってくればいいだろ。それより、サーバにするのは、ミノルんちのタブレットでいいんだよな」
「うん。もう汚染されちゃってるから、何に使っても大丈夫」
「じゃ、おれとススムでコーディングするから、タカシとミノルでタブレットの初期化とサーバ化たのむ」
「わかった」
チン、という音とともに、エレベーターのドアが開いた。
エレベーターを出てすぐ右がミノルの家である。
「静かにね」
「わかってる」
おそるおそるドアを開けると、中から話し声が聞こえてきた。
ミノルの母親は、誰かと電話しているらしい。
ひどく感情的な話しぶりで、時々、鼻をすする音も聞こえる。
「あの感じだと、相手はおばあちゃんかな」
「ずっと電話しててくれるとやりやすいんだけどな」
4人は靴を下駄箱に入れると、抜き足差し足でミノルの部屋に入った。
狭い。4畳半である上に、大きなロフトベッドを置いてある。とはいえ、3人は何度も来ているので、慣れている。
コウタは迷わずベッドに上り、奥に座った。そこが、この部屋におけるコウタの定位置なのである。
ススムはミノルの学習机に陣取った。
二人とも、早々にラップトップを開いている。
「よし、どこから始める?」
「まずはライブラリを作ろう。チャットで機能リストアップするから、追加があれば教えて」
「わかった」
ミノルはまだ、母親の様子が気になるらしい。
ドアの前に立って、耳をそばだてている。
「ミノル、タブレット持ってきてよ」
「うん」
ミノルは、部屋から出て行った。
すぐに母親に見つかったらしい。さっきは電話に向けられていた大きな声がミノルに向けられている。
タカシたちは黙った。
無理もない。刑事罰になれば前科がつく。親は混乱するだろう。
もちろん、ミノルは故意にやったわけではないし、何よりも未成年だから、大人と同じようには裁かれないだろうが……
しばらくすると、ミノルが戻ってきた。青ざめている。
何も持っていない。
「タブレットは?」
「警察の人が持って行っちゃったって」
「ええっ」
4人は絶句した。
「サーバにするマシンがないんじゃ、どうしようもないぞ」
「ぼくのラップトップをサーバにする?」
ミノルが自分のマシンを指差した。
「馬鹿、学校で使うだろ」
小学校の授業では、ラップトップマシンを教材として使うから、ここでサーバにしてしまうと授業を受けられないのである。
「新しくサーバにできるマシンを買ってくるとか……でも、どんなに安くても二万円くらいはするよなぁ……みんな、お金持ってる?」
ススムは頭を抱えている。
「小遣い、かき集めるか?」
コウタが自分のスマホ(スマートフォンと呼ばれてはいるが、電話の機能はない)を取り出して、チャージ残高を表示させた。
「おれは2,000円しかない」
「ぼくは1,200円だ」
「うちは小遣い制じゃないから持ってない」
「ぼくは3,000円ある」
4人とも無言になった。どう考えても足りない。
「中古だったらどうかな」
ミノルが言った。
「この下の商店街の野手無線なら中古PCがあるかもしれない」
「わかった。じゃ、おれのチャージ全部タカシに送るから、二人で買ってきてくれ。こっちは作業を続けておく」
コウタは言うなり、スマホをタカシのものと重ねて、残高を移した。
それでも、合計で6,200円である。
「6,200円で買えるサーバマシンかあ」
タカシはPC雑誌(インターネットが廃れてから、紙媒体の雑誌が復権を果たした)の裏面にある中古PCの価格を思い浮かべている。どう考えても桁が二つほど足りない。
「とりあえず見てくるよ」
タカシはミノルと一緒に玄関を出た。
(続く)

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