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#1 : SF小説 インターネット蹂躙AI「ツナミ」

学習型スパムAI「ツナミ」がインターネット回線を蹂躙して四半世紀。
事変以前、世界を覆っていた高速通信網は帯域のほとんど100%を「ツナミ」の流すスパムに埋められ、通信速度は極限まで低下。
事実上、インターネットは壊滅した。

「タカシ、コウタ君の家行くなら途中でメール届いてるか見てきて」
「わかった」
母に言われ、タカシは持っていた鞄の中にタブレット端末を放り込んだ。
「行ってきます」
自転車にまたがると、タカシは森深い裏山を目指してペダルをこぎ始めた。
コウタの家にいくというのは半分嘘である。
コウタに会うのは本当だが、場所は森の中の秘密基地だった。
しばらく森の中を自転車で走ると、やがて開けた場所に到達する。
その中央にそびえ立つ鉄塔の上が、タカシたちの秘密基地だ。
自転車を茂みの中に隠すと、前カゴに放り込んであった鞄を背負って、鉄塔のはしごを登り始めた。
ツナミの襲来後、携帯キャリアが軒並み撤退して各地に使われなくなった鉄塔が遺された。この鉄塔も、そうしたものの一つである。
はしごを登りきると、エキスパンドメタルでできた円形の足場が、ちょうど二階建てのようになっている。タカシ達はこの足場の周りを廃材で囲って壁を作り、二階部分の足場にブルーシートをかぶせて天井にしていた。
誰もいない秘密基地の中で、タカシは持ってきたタブレット端末に、鉄塔から伸びているLANケーブルを刺した。
メールアプリを開いて「受信」ボタンを押すと、ゆっくりと受信がスタートする。
「受信メール総数:9999以上……フィルタリングしています……」
平均通信速度は0.1bps。これは、半角英数字1文字を受信するのに80秒かかるという意味である。
母親もタカシも、有用なメールが届くとは思っていない。もはや儀式のような、形式としてだけの「受信」が残っている。
この時代、インターネット回線はすでに見捨てられ、かわりに村や町のような比較的小さな単位のみで通信を行うイントラネットが利用されている。
この小規模なネットワークでは通常、インターネットに接続する通信を禁止している。そのため、メールの送受信はイントラネットとは独立した場所から行う必要があった。
「タカシ、大ニュースだぞ」
コウタがはしごを登ってやってきた。
「T町がツナミにやられた。誰かがネットワークに風穴を開けちまったらしい」
「ええっ」
これは、深刻なバッドニュースである。
イントラネット内の端末でインターネットに接続すると、ものの数秒でツナミが襲ってくる。
ツナミはインターネットに接続されたクライアント、サーバ、ルータを検知すると、即座に攻撃を開始。クライアントはネットワークを乗っ取るための入り口にされ、サーバは管理者権限を乗っ取られ、内部をツナミのコピーで置換されてインスタンスに改造される。ルータはセキュリティを無効にされ、ツナミの通信を優先してルーティングするよう設定を変更されてしまう。
ツナミにやられたイントラネットは利用できなくなる。復旧にはクライアントを含むすべてのネットワーク接続機器を取り換える必要があり、それには膨大な金額がかかるので、おいそれとは実施できない。
「それじゃあT町は……」
「しばらくネットは使えないだろうな。ところでお前、今何してんだ?」
「メールの受信だよ。母さんに頼まれたんだ」
「なんだよ、超時間かかるやつじゃんか」
コウタは天を仰いでそのままソファに倒れこんだ。このソファはコウタが廃材を集めて作ったものである。
「そういえばミノルは?あいつの家T町だよな」
「ミノルはちょっと遅くなるって言ってたよ。うちに電話があった」
電話も、電話線による旧来の固定電話が復活している。
「おれはススムとすれ違ったぜ。忘れ物して取りに戻るってよ」
「ススム、学校で見せたいものがあるって言ってたんだ。なんだろう」
「お待たせ」
ススムがはしごを登ってきた。
「ミノルは来てないか」
「家の用事だってさ。ススム、学校で言ってた見せたいものって何?」
「ミノルが来たら話すよ」
「なんだ、やけにもったいぶるじゃんか」
コウタはゲーム機を取り出して遊んでいる。
「コウタ、こないだの公開模試、県内一位だったろ。本当に公立行くのか?」
コウタは成績でススムに負けたことがない。ススムは塾で忙しく、最近は4人集まることも少なくなっている。
「うちは貧乏だから私立は無理だ。まあ、公立だからって死ぬわけじゃないし」
「タカシは?」
「ぼくが?受験なんかできるわけないだろ」
タカシは苦笑いして言った。タカシはこの二人と張り合えるほど成績は良くない。
「みんな、お待たせ」
ミノルが登ってきた。
「家の用事ってなんだったんだ?」
「うん、そのことなんだけど」
ミノルは顔色が悪い。
「座れよ」
コウタが立ち上がってミノルに席を譲った。
「何かあったのか」
ミノルは来て早々、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「昨日、うちの町のネットがツナミにやられたんだけど」
「ああ、さっき聞いたよ」
「あれ、ぼくのせいかもしれないんだ」
「ええっ」
(続く)

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