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仕事旅日記

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前職の仕事で訪れた日本各地での体験や旅情を、思い出しながらテキストにしたためています。
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#短編小説

小春日和の春日部市

春日部といえば、いまやクレヨンしんちゃんの舞台として有名だが、一度だけ仕事で行ったことがある。 春日部といっても、有名な春日部駅ではなく、春日部市内の別の駅だったはずだ。 改札を出ると、いきなり建売住宅がズラっと並んで出迎えてくれる。明らかに東武鉄道の手による人工ベッドタウンといった趣の場所だが、悪い感じはしない。道も綺麗で、よく整備されている。 確か3月だったと思うが、その日は良く晴れて日差しが暖かかった。 住宅街が延々続いており、幹線道路がそばにないせいか、大変静かだ

生まれた町で

「あんた、荒川さんで産まれたの?」 その人は、目を丸くして言った。 「おい、この人、荒川さんで産まれたんだって」 「ええ!」 大きな瞳の奥さんが、ますます目を大きくしながらこちらにやってきた。 ぼくは今、新潟市内のとある民家にいる。 畳張りの部屋の中央に、大木を輪切りにして作ったような分厚い天板の立派な座卓が鎮座しており、ぼくはその巨大な年輪の前で正座している。 実は、この数キロ先に母方の叔父の家があり、そこにもよく似た年輪の大きな座卓があった。 長らく、これは叔父の趣味だと

郡山市の夜

夜になった。 今夜はホテルで1泊して、明日の朝、2件目の客先へ向かう事になっている。 普段は日帰りばかりなので、こういうホテルでの過ごし方がわからない。 とりあえず夕飯は外で食べようと決め、夜の街へ出ることにした。 …と言うと、新宿のようなきらびやかなネオン街へ行くことを思い浮かべがちだが、郡山駅前の商店街はほとんどシャッター街と言ってよい状況で、開いている店の数は限られている。 そのかわり、いわゆる「夜の店」の客引きの男たちが暗い路地の上に何人も立っていた。 僕は、普通の定

郡山市のタクシー

福島県郡山市。 東北地方では仙台に次ぐ規模の中核都市であり、新幹線やまびこに乗れば東京から1時間少々で来れてしまう。 東京駅から気楽に遠出するなら有望な選択肢の一つだが、ぼくの場合はあくまで仕事である。 この日、ぼくは午前中は東京の社内で雑務をこなし、16時から始まる郡山市での打ち合わせに間に合うよう、東京駅から新幹線に乗った。 余裕を持たせて、郡山駅15時前後着を目標にしたとしても、13時半に東京駅にいればほぼ間に合う。 東北地方であるにも関わらず、東京駅から2時間半

伊豆の和菓子

仕事柄、片道2~3時間程度の移動は珍しくない。 ほとんどの場合、電車に乗れば黙っていても現地に着くので、行程の大部分は寝ているだけである。大した苦でもない。 ぼくは、いつものように新しく担当する顧客について調べていた。 現地の住所を地図に出して行き方を調べるのだが、周辺地図を隅々まで見た後、首を傾げた。 駅がない。 地図が間違っているのかと思い、別の地図サービスで同じ場所を調べてみたが、やはり、ない。 場所は、伊豆半島の先端より少し上の西側である。 縮尺を変更し、伊豆半島の半