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小春日和の春日部市

春日部といえば、いまやクレヨンしんちゃんの舞台として有名だが、一度だけ仕事で行ったことがある。

春日部といっても、有名な春日部駅ではなく、春日部市内の別の駅だったはずだ。
改札を出ると、いきなり建売住宅がズラっと並んで出迎えてくれる。明らかに東武鉄道の手による人工ベッドタウンといった趣の場所だが、悪い感じはしない。道も綺麗で、よく整備されている。

確か3月だったと思うが、その日は良く晴れて日差しが暖かかった。
住宅街が延々続いており、幹線道路がそばにないせいか、大変静かだ。
柔らかな日差しの下、静かな午後の住宅街を一人で歩いていく。ときどき、少し遠くの方で鳥のさえずりが聞こえる。
「閑静な住宅街」とはこういう場所を言うのだなぁ……と、国道沿いアパートに住むぼくはしみじみと思った。

「どうぞ、入ってください」
インターホンを押すと、妙齢の女性がドアを開けてくれた。
今回のお客様である。打ち合わせは衣料品のネット販売についてだったが、ご希望が具体的だったため、話はサクサク進む。
その弾んだ話の勢いで雑談になり、店主が他県出身だという話になった。

店主には娘さんがおり、もとの地方の学校に通っていたのだが、何かのトラブルに巻き込まれてしまったらしい。そして(これは田舎の事情などでよく聞く話だが)もはやその町にいられないと考えた店主は、地元を離れる決心をしたのだという。

ぼくの地元も、場所によっては陰湿なヤンキー体質を濃厚に残していたので、店主の話がよく理解できた。
「ここはいいですよ。人も優しくて、住みやすいところです」
そうでしょう、と、ぼくは頷いた。

田舎には田舎の良さがあるのだが、一方で、歴史の長い町ほど人間関係を希薄にしにくい、という、負の側面があるのもまた事実だ。
人の出入りの少ない町では、親の顔も、子の顔も、住んでいる場所も割れている。そこで陰湿な人間から長期にわたり「標的」にされる恐怖。これは「そういう町」を見たことがない人は想像できないかもしれない。

鉄道会社の作る人工ベッドタウンは、それとは対極の存在だ。
こういう、似たような建売住宅が均一に並ぶ町というのは、批評家などに批判されやすい。しかし、娘の安全のために移り住んだ母にとって「歴史を持たない町」はこれ以上なく住みやすかったに違いないのだ。

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