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日々おにぎりとお漬物

通勤途中の路地裏に小さなお家が建った。
可愛らしい洋風の外観にカフェかな?パン屋さんとかもいいな、と期待を膨らませていたら、窓の脇に小さな鉄製の看板がついた。
おにぎりの形をしていて、海苔の部分にローマ字で「Onigiri」と彫られている。
外観に似合わず「和」かぁと思ったけれど、私はうきうきした。
家から仕事場までの通勤路にはコンビニもお弁当屋さんもない。
普段はお弁当を作って持っていくのだけれど、時々はさぼりたい。
そんな時は、ちょっと遠回りしてコンビニに寄ったりしていたけれど、このお店があれば、すぐに立ち寄れる。
私はオープンを心待ちにした。

お店がオープンしたのは、それからしばらく経ってからだった。
道路より少し高い位置に立っているお店は、レースのカーテンの向こうに人の気配はあるものの、中までは見えない。
初めてレースのカーテンが開かれ、入り口につながる門が開いたものの、あまりに静かでお店に入るのには勇気がいった。
両開きのガラス扉をそっと開けると、ふわっと炊き立てのごはんの香りがして思わず息を吸い込んだ。
入るとすぐに小さなカウンターがあって、その奥にキッチンが見える。キッチンの真ん中に小ぶりだけれど重厚なストーブがでんと鎮座していて、ストーブの上で赤いお鍋から湯気がたっていた。カウンターのこちら側には小さな丸テーブルと椅子が二却。
カウンターの向こう側に、パソコンと向き合っている女性がいて、ガラス扉が開いたのに気が付いて顔をあげた。
「いらっしゃいませ」
物腰がとても上品な女性だ。
カウンターで向き合うと、A4サイズのクリアファイルに入れられたメニュー表を見せてくれた。

おにぎり(塩、梅干し、昆布佃煮)
お漬物(たくわん、キムチ、キャベツの浅漬け)
時々、お味噌汁かスープ

「まだオープンしたばかりなので、メニューは手探りなんです。季節によって少しずつ変えると思います」
女性はにっこり笑ってそう言った。
「梅干しは家の畑で採れた梅を漬けたもので、塩分控えめのシソカツオ風味。昆布の佃煮は、昨日作ったもので生姜が結構きいています。たくわんの大根と、キムチの白菜と、浅漬けのキャベツも家で採れたものです」
おにぎりを2種類とお漬物を2種類選ぶ。残念ながらその日は汁物はなかった。

お昼休みにシンプルなパックに入れられたおにぎりとお漬物のセットを広げる。巻かれた海苔の香りと、キムチのニンニクがふわっと広がった。
おにぎりは梅と昆布。どちらもさっぱりと炊き上がっているお米がほろりと口の中でほどける。梅はスーパーで売られているような赤い色はしていなくて、カツオを実にまとって茶色っぽい。お店の女性が言っていたように塩分控えめで、旨味が口中に広がる。昆布は荒めに刻んだ生姜がシャキシャキと美味しい。
そこそこの大きさなのに、あっという間に平らげてしまった。
おにぎりを食べる合間に、キャベツの浅漬けとキムチ。どちらもアルミホイルのカップにてんこ盛りに入っている。キムチからは遠慮なくニンニクの香りがしている。細かく刻んだイカなども入っていてかなり本格的だ。職場で食べるお弁当に向いているとは言えないけれど、メニューにあったら、私はたぶんまた選んでしまうだろう。

その日以来、私はちょくちょく「Onigiri」に通っている。
といっても、お店が開いているのは週に3日。メニューもお店の開け方もまだまだ模索中らしい。
寒くなってきて、お店のストーブに火が入り始めると、扉を開けたときにお味噌のいい香りがしたり、時にはスープカレーなんて変わり種も登場して、スパイシーな香りが広がることもある。
私のような常連さんもいるみたいで、時々先客が椅子に座って朝ごはんにおにぎりをもぐもぐしている時もある。
汁物の変化はあるものの、おにぎりの中身に大きな変化はないし、お漬物は季節のお野菜で漬けるからほぼ変わらない。だけど、毎日でも食べられる。家でも作れそうなのに、同じ味が出ない。
だから、たのしい。


#おいしいはたのしい

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