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短編集⑧

日暮のうた

夏から秋へ 曖昧なオレンジは自己否定の匂いを仄めかして
こころが潰れる音がした 指先に集めた蟻をも潰せる圧力で簡単に
愛しているからきみなんて要らなかった
きみが生涯聴くことの無いアーティストのCD
おんなじ頻度で音飛びするわたしの思考も烏に啄まれて砕ける
夢の中では確かに言えたの、そのさよならを
本物のきみを前にしたら音にすらならなかった己の弱さとはりぼての「またね」
明日になったら夏が終わるね
ガリガリ君の最後の一口 身を知る雨の塩っぽさ


ノスタルジーのうた

思わず涙が溢れた もう見慣れた街 聞き慣れた曲
やさしい手のひら、その部屋に住むひとの匂い、覚えている まだ、鮮明に
炭素の充満する匂いが脳を侵して、きみも、ぼくも、ひとつひとつの「個体」としてそこに存在する
「もしも」の話をして、「馬鹿だね」って笑った
「たられば」の話をして、「今更だよ」って笑った
守れなかった約束を、叶わなかった未来の予定を、ぼくは今から「ほんとう」にするから
きみが居なくても、ぼくは生きているし、きみもそうだったね
在るべき縁が、なるようになって、ぼくら出会って離れるのだとしたら、宇宙に仕組まれたことすら愛おしいとおもうよ
明日の明日のまた明日、きっとぼくにも季節が巡る


悪癖のうた

思考はキーボードを打つ手よりも早く脳裏に言葉を並べ始める 身勝手で、不誠実な言葉を
きみがしあわせであって欲しいと、明日を願ってみたりもした
きみという憂鬱は、然るべくしてぼくを生かすんだね
晴れ時々雨くらいの確率で、誰にもやさしくないこころ
保守的になって、折り畳み傘を鞄に詰める孤独
操作された天気予報 機械的な日常
きみを待つその空虚な時間が苦手だった
誰より早い冬支度は、少しだけ淋しい匂いを残して
きみの落とした灰が、いつか冬になれば良いのにね

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