見出し画像

「やめる」決断をしたとき㊦

あのときの、急に胸を殴られたかのようなドキッとした感覚はいまでもこびりついている。自分の口からいつの日か伝えるものと思っていた話がコーチから突然口外されたのである。

ミーティングのあと、同じコースで練習していた友人から「なんでやめちゃうんだよ」と聞かれた。「いやあ…」と、うやむやに答えた気がする。
表向きは「受験だから…」とか「全国に出たから…」という理由だったが、実際は「練習はきついし、これ以上速くなれる気がしない」というただそれだけのことだった。
自分より実力のあるその子に本当の理由を言うなんて恥ずかしくて、とっさに説明ができなかった。今さらだが、実に小さなプライドだと思う。

当時のことを大人になってから友人たちに改めて聞いてみると「やめるなんて選択肢がそもそもなかった」という声をよく聞く。
確かに親にも何も言わず勝手に辞めるなんて、いま親になった立場として言わせてもらうと「金を出しているのになんと身勝手な…」と思ってしまう。

もっとも、それからの練習は気持ちが楽になった。
終わりが見えていることは、実はしんどいひとにとって大きな救いになることを肌身で知った。練習の最終日にはなぜか胴上げをみんなにしてもらった。
それきり、わたしの水泳は終わった。

正直言えば、受験が終わって高校生になったタイミングで戻る選択肢も多分あったのだろうと思う。それでも水泳をやろうという気にはならなかった。また泳いだらあんなしんどい思いをしなくてはいけない――と思うと、気が進まなかったのである。

でも、もし謙虚に水泳を再び始めていたら、どうなっていたのだろう。もし中二でやめずに水泳を続けていたら、どうなっていたのだろう。どのくらいのタイムで泳げるようになっていたのだろう。もちろん日本を代表する選手になるなんてことはないわけだが、自分の肉体はどこまで耐えることができたのだろう。
こうしたことを考える日が一切ないと言ったらウソになる。やめたその瞬間は何も思っていなかったのにも関わらずだ。

自分の人生の選択に対して"if"を考えてしまうような出来事のことを、世の中では後悔なんて呼ぶのだろう。そして後悔はだいぶあとに遅れてやってくるものなのだと、中学二年生だったあのころの二倍の日々を生きて、ようやくわかった。

それだけに、同じ轍は踏まないようにと、いまではなるべく(無理なく)続けるという選択肢を取るようにしている。
バサッとやめてしまうのは簡単だし楽なのだが、実は私という人間にとっては成長につながらないのではないかと思うからだ。それゆえに結果としては、水泳をやめた経験は私の人生にとってプラスに生きているのかもしれない。

幸いにも「文章を書く」という好きなことを見つけたので、せめて文章を書くことは好きであり続けたいと思うし、何らかの形でかかわり続けたい。水泳のようにつらくてやめるなんてことをすると、また同じようなifが浮かび上がりそうな気がするのだ。
そして、好きなことであるなら地味でも続けていくことができないと、いよいよ私ができることなんて何もないんじゃないか、とも思う。

「つらいからやめる」というのは私の悪い癖みたいなものなのだろう。
「書く」という好きなことならきっとその癖に向き合えるんじゃないかというおぼろげな希望を失いたくなくて、だからこそわたしは下手くそでも文章を書き続けている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?