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老舗光学メーカーが残した英国の香り『ROSS London Definex 89mm f3.5』

オールドレンズに興味を持ち始め様々なメーカーのレンズを知るようになると、ライカ以外の描写も気になってきてしまう。
レンズ構成や、コーティングの有無、描写の特徴、レンズが作られた当時の時代背景等、好奇心に任せ調べてゆくと本当にきりが無い…。

オールドレンズ購入にあたって
・鏡胴の造りの良さ、デザインの良さ
・ガラスのコンディション
・描写の面白さ、自分が撮る写真のイメージにあっているか
主にこの辺を気にしながら選んでいる。とは言うものの、「面白そう!」と思ったものは猛進的に試してしまう私(笑)なので、本当にオールドレンズは”出会い”だなぁと感じている。

先日大好きなお店に立ち寄った時、格好いいデザインのレンズを見つけてしまった。真鍮地金が覗くブラックペイント&シルバーメッキのスリムな鏡胴は、所狭しとレンズが並ぶ棚の中でも一際美しく思えた。
89mmという絶妙な焦点距離も非常に悩ましい。

英国名門光学メーカー ROSS London の35mm版カメラ用レンズ
『 Definex 89mm f3.5 』
中々マイナーなレンズだとは思うが、試写してみたくなった。

淡いコートが美しい。

フードを外すとこんな感じに。
お店の方曰く、「このDefinex用のオリジナルフードが珍品」とのことで、レンズと揃っているものはそうお目にかかれないらしい。惜しむらくはレンズキャップが欠品していること…。

レンズコーティングはかなりきれいに残っており、拭き傷も少なくコンディションはとても良かった。
レンズ銘板には「Coated Lenses」の文字が。当時としてはレンズのコーティングも大きなウリだったのだろう。
また、焦点距離について「3 1/2 in」と表記があるが、鏡胴には「89mm」と刻まれている。ネットを見渡すと91mmの個体もあるようで、レンズの組み上げ結果によって微妙に長さの違う鏡胴に収めていたと考えられる。

レンズヘッド部には「Made in England」の刻印や誇らしげな「ROSS」社のロゴマークが入っているのに対し、鏡胴には「Made in Scotland」やら「Stewartry」やらたくさん書かれている。
レンズヘッド部はロス社が製造し、ヘリコイドと鏡胴は外注製造だったようだ。終戦直後のイギリスの情勢が影響しているのであろう、各部製造部門の主張の強さ(笑)が垣間見れるようで面白い。

中々拝めないロス社のロゴマーク。
ブラックペイントな鏡胴がシブい。
文字が賑やかな鏡胴

また、このレンズはコンタックス外爪マウントで距離計連動する。Amedeo製アダプタを介する事で、ライカM型でも問題なくレンジファインダーでの撮影が行える。
鏡胴内部のスクリューが少々やれているのか、ヘリコイドはスムーズに回転するものの、ピントを微調整する時に僅かだが軋むような感触がする。Amedeo製アダプタとの連結も少々固く、かっちり造られたライカやツァイスのレンズと比較すると、各部の質は敵わない。
「Made in Scotland」と彫るほどプライドがあるなら、もう少し頑張ってくれと思ってしまう(笑) 製造から何十年も経つレンズにそんな事を思うのも野暮な話だが…。

肝心の描写は「非常に重々しい」と感じた。
レンズ面反射の数や後ろボケの質感から、おそらく構成はエルマー90mm等と同じテッサータイプだと思われる。が、エルマーのような繊細さはあまり感じられず、どちらかというと線の太い描写と言える。コーティングの恩恵もあるのだろうが、発色は非常によく、コッテリ目の色表現だと思う。
f3.5という無理のない設計のおかげ(当時としては頑張った明るさなのだろうが)で、開放から卒なく写る。
拡大してみていくとほんの少しだけ合焦部に滲みが生じており、その滲みが重々しい描写と思わせる要因の一つではないかと考えられる。

M10-D / ROSS London Definex 89mm f3.5
M10-D / ROSS London Definex 89mm f3.5

思ったところにピントを合わせるのが中々難しい。
というのも、個体差もあると思うがこの個体は前ピン傾向のレンズだったのだ。最短撮影距離の1.5m付近では合うものの、そこから無限遠に行くに従って結構ズレていく。おそらく無限遠は出ていないと思われる...。想像以上にズレるので、正直使いこなしが難しいレンズだと感じてしまった。
レンジファインダーで撮影する時は、二重像のズレ具合と被写体の距離を意識しながらピントを合わせていく必要がある…。まだまだ修行が足りないと、試写しながら痛感した。

M10-D / ROSS London Definex 89mm f3.5
M10-D / ROSS London Definex 89mm f3.5

油彩のようにヌメッとした描写もこのレンズの特徴だと思う。
ライカ エルマリート90mmのようなすっきり感とは対極にある、濃厚型のレンズだと感じた。

重く垂れ込めたような質感、どこか淀みを感じさせる光の写し方、こういった描写特性はやはり、曇天の多い英国の風情が反映されたものなのだろうか…。

こじつけに過ぎない考え方かもしれない。
でも、戦前ヨーロッパ各地に点在していた光学メーカーの、それぞれの描写や味わいは結構はっきりとした違いがある。それはどこからくるのだろうか。
レンズに応じてそれぞれ設計思想があり、そのレンズで写された写真には、少なからず設計者の目標や理想が詰め込まれているはずである。どういう風にものを見たかったのか、捉えたかったのか。

…という事をぼんやりと考えながら、カメラを弄り写真を撮る。
メーカーごとの味わいの違い、すなわちレンズ設計者ごとの収差配置の違い云々を気にするようになってしまうと、もはや引き返せない泥沼である…(汗)


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