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燻銀な佇まい。すべてを穏やか写す、にいにしえの瞳 『Leitz Hektor 5cm f2.5』

私が所有するライカレンズの中で、最も古いもの。
「Hektor 5cm f2.5」
シリアルを信ずるならば、1931年製造の個体。作られてから100年が経とうとしているレンズである。

当時の光学技術の粋を結集して作られた、開放値f2.5を誇るハイスピードレンズ。1930年代の技術を考えると、相当無理をした設計なのが伺える。"これ以上明るい設計には出来ない"といったような、技術の限界に挑もうとした開発陣の心意気が伝わってくる。
ライカレンズのラインナップの中でも「Elmar 5cm f3.5」より明るい設計が成されており、発表当初はハイエンドの位置付けだったのではなかろうか。後に出た「Summar 5cm f2」によりハイスピードレンズの座を奪われ、ヘクトールは少々影の薄いレンズとなってしまった。お陰で生産本数も伸び悩み、今ではコンディションの良いヘクトールを探すのには、中々骨が折れる。

鏡胴デザインはエルマーと酷似しており、おそらく知らない人が見たら見分けがつかない。ただ、エルマーよりも大型化した前玉、それによって幅が狭まった銘板に誇らしげに表された「Leitz Hektor f=5cm 1:2.5」の刻印の存在感は中々のものであり、鏡胴の縁ギリギリまで使って詰め込まれたガラス玉をみると、設計者の執念を感じるようで、中々趣がある。

EPSON R-D1s / Leitz Hektor 5cm f2.5

描写はあまく、非常に優しいタッチである。儚さ、脆さを感じる繊細さも持ち合わせているように思う。
コーティング技術のない、硝材特性で光学設計をコントロールした時代の製品であり、そもそもがB/Wフィルムでの使用を前提に作られたものである。かつ、製造から100年近く経過している事を考えると、硝子の劣化も考慮しなければならない。当時の意図にそった描写というよりも、100年の歴史を歩んだレンズの描写だと捉える必要があるだろう。

コントラストは低く、光源のある環境では盛大にフレアが出る。わかりやすくオールドレンズな味わいが得られるレンズであるが、「Summarit 5cm f1.5」や「Summilux 35mm f1.4」などと比較すると、然程クセは感じられない。オールドレンズらしさや派手さはないものの ”古美” を堪能できる。正に燻銀な味わいであると言えよう。

Leica M(typ262) / Leitz Hektor 5cm f2.5
EPSON R-D1s / Leitz Hektor 5cm f2.5

白い被写体がオーラを纏ったように写るのは、「Hektor 7.3cm f1.9」と似た傾向である。ただ、こちらの方が収差は控えめであり、良い塩梅にまとまっているように感じる。マニアックな話ではあるが、「Hektor 5cm f2.5」と「Hektor 7.3cm f1.9」はレンズ構成図をみるとほとんど設計が一緒であることがわかる。3群6枚のレンズ構成で得られる、トリプレット構成の進化描写。3群4枚のレンズ構成であるエルマーで精鋭な描写を完成させたライカは、より明るいレンズを設計する為この独創的なレンズ構成を開発したのである。

EPSON R-D1s / Leitz Hektor 5cm f2.5

ここに掲載した作例はすべて絞り開放で撮っているが、いかがだろうか。
特にこの赤いバラの写真は、撮れた時なんとも嬉しかったのを覚えている。
この日は曇天で光線状況はかなり安定しており、撮影条件が良かったことも幸いしたのだろう。素晴らしい立体感、発色の良さだと思う。
このレンズを設計した技術者たちは、まさか100年後の「デジタルカメラ」でも撮影に重宝されるだなんて考えもしなかっただろう。

Leica M(typ262) / Leitz Hektor 5cm f2.5
Leica M(typ262) / Leitz Hektor 5cm f2.5

現代のレンズはコンピュータによる完璧な設計で作られている。
緻密な計算に基づき研削された硝子、そこに蒸着するコーティングで更に写りに磨きをかけ、況や電子制御による手ぶれ補正等の機能をも搭載している。最早改良の余地がないといっていい程までに、便利で素晴らしいプロダクトに仕上がっている。
そして私的には、コンピュータによる設計が容易く行われるようになってからもうかなり経つが故に、光学技術の設計はほとんど頭打ちになっていると考える。
1930年代、まだコンピュータなど見る影もないような時代に、手計算で設計され、手作業に近い製造ラインで作られていたレンズは、現代の製品では到底味わえない「描写の偶発性」を期待できるのではないか。撮影条件がピッタリはまったとき、情感豊かな素晴らしい一枚を撮影できるかもしれない。そういった期待をしてしまうのも、悠久の時を経たオールドレンズならではである。

Hektor 5cm f2.5
技術者たちが光学技術の限界に挑んだ標準レンズ。
「素晴らしい」の一言では片付けられない程の、味わい尽くせない不思議な魅力にあふれる古典鏡玉である。

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