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乃木坂駅にて

大学院をやめた後、世田谷でシェアハウスをしていた。友達の仕事をたまに手伝うくらいで全く金もなかったが、六本木によく通った。ここの人たちは渋谷や池袋の人たちより洗練されているように見える。が。根本は同じだった。むしろ普段と素行が一度表出した時のギャップが潔く感じ、そこが好きだった。交番で警察官に怒鳴るおじさんや女性同士の取っ組み合いの喧嘩などが私を非日常へと誘った。
騒がしいバーでお酒を数杯煽り、だいぶ酔いが回った後、小腹が空いて富士そばに入った。いつもように天ぷらそばを食べ、いつものようにワカメを残して店を出ようとした。すると、いつもと違ってヘソにピアスを開けたレゲエ風な女性が入店した途端、私に向かって「お兄さんワカメいらないの?だったら私にちょうだい。」と言った。あっけに取られているとその女は勝手に私の器と箸をとり、食べ始めた。まだ状況が飲み込めないでいると、「私ワカメみると血がそそられるんだよね。」と続けて言った。酔っていた私はこの状況を理解することを放棄し、自分の感じる事だけに集中した。酔っているのに急にそばを食べたため気持ち悪い。彼女はセクシーでそのセクシーな彼女が私の食べ残したワカメを食べている。それなら、私の取るべき行動は一つ。一刻も早く彼女の連絡先を聞き、この場を立ち去って夜風に当たることだった。
彼女に連絡先を聞くと「いいよー」と無愛想にワカメを食べながら言った。この子とは一生会わないと確信しながら、真のワカメ好きと確信しながら店を出た。

始発の電車を乗るため乃木坂駅へ向かった。
ガラの悪い男たちが女性二人に強引に絡んでいた。黒人の集団が意味不明なことを道路の真ん中で叫んでいた。同じ場所、同じ時を過ごしているはずなのに私と他の人たちはこうも決定的に異なる。どこか湖の上から違う世界が映った水面を眺めているようだった。そして駅に着いた。改札を通り、ホームへ降りた。始発の電車まで少し時間があった。イスに座ってぼーとしていると外国人の集団が大きな声で階段から降りてきた。私の両隣の席が空いていた。彼らは酔っているらしくテンションが高かった。集団のうち白人の女性2人が僕を挟んで座り、そして普通に話し始めた。その時に私は彼らと無縁でいられないことを悟った。彼女たちが話している内容に酔っていたいたせいか笑ってしまった。彼女たちが「英語話せますか?」と話しかけてきた。「少しだけ。」と私は笑った。左の女性はスペイン出身のクリスティーナ、右の女性はイギリス人のソフィと言った。二人とも上智大学の留学生でよく見たらすごく美人だった。特にソフィの方に惹かれた。ブロンドの髪に白い肌でスカーレットヨハンソンを彷彿させるセクシーさもあわせ持っていた。富士そばの女性とは違い、知的で品があった。酔っているのか話す距離も近く、独特の香水が漂っていた。彼女は幼い頃から日本文化に関心があり、念願の日本に1ヶ月前にやって来た。日本語も学んでいるが、留学生と一緒にいるため、日本人の友達ができず、あまり向上してないのだという。「じゃあ俺と友達になろう」と極めてナチュラルに連絡先を交換した。ソフィのお父さんが二週間後東京にやってくるという。「あなたよかったら一緒に案内してくれない?」と言った。お父さんに気に入られ、ソフィと交際し、結婚。そして子供ができ、イギリスで育てるか、日本で育てるかまで想像した。私の乗る電車が来た。15分ほどであったが代え難い時間であった。また連絡すると私は伝え、別れた。電車に揺れながら国際結婚は中々大変だろうけど、彼女とならやっていけるだろうと私たちの明るい未来に思いを馳せた。
家に帰り、お父さんが来る前に一緒に計画でも立てようとランチに誘った。しかし、その後返信はなかった。
自分の食べ残したワカメを見知らぬ人が血がそそると言いながら食べ、15分で自称婚約に至った女性に一方的に破棄された歴史的な日となった。

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振り返りnote

私は変態です。変態であるがゆえ偏っています。偏っているため、あなたに不快な思いをさせるかもしれません。しかし、人は誰しも偏りを持っています。すると、あなたも変態と言えます。みんなが変態であると変態ではない人のみが変態となります。そう変態など存在しないのです。