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雨の日には冷えたスプーンを

※お立ち寄り時間…10分

–彼女のふとももには、バラのタトゥーがある–

若葉の時代に、同じサークルのoから、こんな話を持ちかけられたことがある。

「aにさ、2人で飲みに行かないって誘われてるんだけど、一緒に付いてきてくれない?」
「どうして?」
「いや、2人きりって気まずいじゃんか。」

相談してきたoは、金曜日の授業とサークルが幾つか一緒だった。
初対面から「声、酒やけしてる?」なんて声をかけてくるような、デリカシーのない人だった。(ジョークだとしても、笑えない。)

aは、私の数少ない友人の1人で、誰かの幸せを手放しで喜べる本当に素敵な人だ。今、夢に向かって頑張っている所も控えめに言ってもとても好きだ。

若葉の時代のaは、クールでアダルティな魅力があった。だから、男女問わず良くモテた。加えて、バーでアルバイトをしていた。
例えるなら、ママに内緒でピアスを開けそうな子だろうか。
だから、やっかみを含んだ噂が独り歩きしたりしていたのだ。

ただ、当時なぜaがoに興味を持っていたのかは、永遠の謎である。

「嫌なら、嫌って断ったら?」
「うーん、揉めたくないっていうか。」
oは、煮え切らない返事を繰り返す。さっき売店で買ったアイスクリームが、徐々に手の中で溶けていくのが分かる。
きっと、aなら、すぐにアイスクリームに気がついて、サクッと話を切り上げるだろう。

「揉めてるの?」
「とりあえず、飲みには行って、好意がないことをそれとなく伝えられたらって。」
「待って、恋人のフリしろってこと?」
「まあ、共通の知り合いほかにいないし。」
「断る。aは大切な友達だから。」
「そう言わずにさ。襲われたら、怖いし。」

そう言って、oは、大きな身体を縮こませて、怖がるふりをした。ちょっとこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

プチンと音がなった。腑が煮えくりかえった。強烈な嫌悪感を抱いた。

「じゃあ、oは、2人きりになったら、誰彼構わず寝るわけ?」
「え…?」
「控えめに言っても、oは最低だよ。aについて何を聞いたか知らないけど、私にとっては、大切な人なの。それを知っていて、軽々しくaを面白半分で傷つけるその神経が理解できない。ふざけんな。」

そう殴るように伝えた。本当は、思いっきりぶん殴ってやりたかったけど、タッパが足りなかった。当時の私は、まだ真っさらな紙にわざと折り目をつけてしまうような性格だった。
手のひらの中でアイスクリームは、ドロドロに溶けていた。気持ちが悪かった。

今となっては、そこまで言わなくても良かったかなと思う。ただ、この時の自分の判断は、正しかったと思う。aとは、卒業してもなお、定期的に連絡を取り合っており、きっとこの先もずっと仲良しだと思うからだ。

「何が正しくて、何が間違っているのか。」

これは、永遠のテーマだと思う。
青を選択してみたけど、裏側では、そのせいで辛い思いをしている人がいるかもしれない。

「何が正しくて、何が間違っているのか。」

本当の気持ちを真に伝えたい時、言葉すらも邪魔になったりする。
どれだけ文明が進化を遂げても、人に宿る気持ちは、そんなに変わらない。
遥か昔から、恋の歌が絶え間なく詠まれているように。

あの時、aの気持ちを考えずにoのお願いを聞いていたとしたら?
先日もらった幸せいっぱいの言葉を、伝えてもらえなかったかもしれない。
単純で、笑われてしまうかもしれないけれど、

「正しいか、正しくないか」ではなく

自分にとって

「好きか、嫌いか」

だと思うのだ。

oとは、生きているのか死んでいるのかも不明なほど疎遠になってしまった。けれど、全く後悔はない。ただ、あの後、aに謝ったと風の噂で聞いた。だから、もし、会えるなら素直に

「ごめんなさい」

と謝ろうと思っている。


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