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三角座りで空を見上げて


不思議な求人だった。
身長は、163センチ前後、靴の大きさは、23センチ、髪の毛の長さは、胸まであること。
それのみ、書かれていた。
週休3日で、破格な給料だった。

不思議な求人だった。
けれども、就活に惨敗続きだった私は、応募をしてしまっていた。
程なくして、合格の通知が届いた。面接も書類選考も何もなかった。本当に、容姿のみが要件のようだった。職場の場所と簡単な事務内容が書かれた書類も一緒に入っていた。

不思議な職場だった。
同じ髪の毛の長さ、身長、靴のサイズの女性が私を含めて3人いた。
仕事の内容は、決められた時間に、決められた書類を運ぶ、それだけだった。淡々と毎日が同じ色に染められていった。つまらなかった。

不思議な同僚だった。
勿論、応募した時から分かりきっていたことだが、他2人の女性の同僚は、私とそっくりだった。勤務日が一緒だったら、どちらが自分だったか見失っていたかもしれない。

半月ほど経った。
仕事内容は、全く変わらなくて、単色がずっと広がっていた。面白くなかった。微塵も。ふと、思い立った。髪を切ってみようと。次の日、髪を切って出勤すると、上から下まで品定めを受けるように見られた後、もう来なくていい、とだけ言われた。ぽっきり、さようならだった。

職探しをまた始めた。
容姿だけじゃない。性格も、能力も、経歴も全てを評価してくれる会社を。代替が簡単にきかない、自分にしかできない仕事を。 自分が納得のいく仕事を。

「ほら、新採ちゃん!取引先いくよ!」

半年後、外回りでたまたま以前の職場の前を通った。また、同じような容姿の人が決まりきった仕事をしていた。その人は、一緒に働いていた同僚かどうかさえ、見分けが全くつかなった。そういえば、誰と一緒に仕事をしていたんだっけ。

「はーい!」

全然楽じゃない。給料も前の職場より安い。
それでも、わたしの代わりはすぐには、きっと見つからない。これは、わたしにしかできない仕事だから。


ハイヒールをしっかり履き直す。肩の上で切りそろえた髪の毛がふわふわ揺れる。シルバーのイヤリングが似合いそうだね、と言われたばかりだ。これが、わたしなんだ。

もう、簡単に、さようなら、なんて絶対に言わせないんだから。

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