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旅嫌いと持病の治癒

私は旅が好きではありません。

どこかに行くとなっても、片道2時間位で嫌になってきます。ここまで来てこの時間なら、あそこまで行くと何時で、地元に帰ってこれるのが何時で、食事はどうしよう、布団に入るのは何時になる? なんて、ずっと先の心配ばかりして、まともに楽しめません。

なぜこんなにも、旅を楽しめないのだろう…?

思い当たる節が一つ、見つかりました。

喘息だ。

小学生の頃の、キャンプや修学旅行、親戚のお宅でのお泊まりなど、宿泊する度に私は喘息の発作が出ました。

当時、親の方針で薬を一切服用していませんでしたので、一度発作が出ると、数日間は続きました。

歩けなくなる、横に寝転べなくなる、お風呂が苦しくなる、話せなくなる。

咳き込んで、うるさいと親に叱られる…。

いつしか、私の中で旅や宿泊は、避けなければならないものとして認識されていったのでしょう。

自宅を離れて遠くに行くとき、不安なんですよ。

いつ、発作が出るかわからない。
今のところは大丈夫だけど、帰るまであと何時間だ?

だって、テレビのコントで笑っただけで、外を走っただけで、今まで平気だった息が突然苦しくなるんです。
いつも、自分の身体にしか意識が向いていませんでした。ずっと、過去に起こったことを思い出し、先に起きる発作を心配している。

今、目の前にある風景や、体験を味わっていない。

わずか数年前、この喘息の恐怖から解放されました。

お医者さんで注射を打っていただき、
嘘のようにおさまったという体験。

吸入薬を処方していただき、
それを使ったら発作がおさまったという体験。

発作を警戒して生きてきた。
でも、発作はいつも突然襲ってきた。

いつ発作が出ても、薬で楽になる。
大丈夫だと安心した瞬間、発作が出なくなりました。

もう、五年以上は発作が出ていない。

いや、喘息だったことを忘れていた。

発作を避けたいと思っても、避けることはできませんでした。病は気から、と言うけど、それは根性で治せと言うことじゃない。強く意識するほどそれは襲ってくる。

病は、深い不安の気から来ていました。

必要なのは、病になってもいいという安心だった。

発作が出ても良いんだよ、だいじょうぶだよ。
薬ですぐに良くなるから。

安心した瞬間、喘息は意識から消え、意識しなくなったとき、40年苦しめられた持病は消えました。

そして、少しずつですが、未知の世界に冒険したくなってきました。

たとえ気休めでも良い、ひと時だけでも不安を安心に変えられる、そんな人になりたいなと、ふと思いました。

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