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翻訳は誰のもの?

バイデン大統領の就任式でアマンダ・ゴーマンさんが朗読した自作の詩「The Hill We Climb」の翻訳を巡り、いろいろなニュースや議論が飛び込んでくる。

最初はオランダからの一報。

ほぼ、本決まりだった翻訳候補者が、「その肌の色がふさわしくない」という理由で批判の嵐に合い、結局彼女は翻訳を辞退した。昨年、インターナショナル・ブッカー賞を史上最年少(29歳)で受賞したマリエケ・ルカス・リーネフェルトさんだ。リーネフェルトさんは、ジェンダー平等や精神疾患等についても率直に発言をしてきた作家で、代名詞he, sheの代わりにthey (オランダ語)を用いることでも知られている。そもそもこの人選は当のアマンダ・ゴーマンさんによるものだった。若い世代同士という共感や連帯感もあった上でのチョイスだったのだろう。

そのリーネフェルトさん翻訳への批判の口火を切ったのはジャーナリストのジャニス・ドゥール氏。

「白人がこれを翻訳することは考えられない。ゴーマンさんのような話し言葉のアーチスト、若くて女性で、そして何よりも黒人のアーチストを選ぶべきだった」と地元の新聞に意見を寄せた。

「ゴーマンさんはスラムポエトリーの系譜に連なるパフォーミングアーチストだ。そしてスラムポエトリーは流れとリズムこそが命。それを理解しなければ、全体の意味もリズムも違ったもののになってしまう」

黒人が翻訳者として選ばれなかったことが不適切である理由を、ドゥール氏はそう述べる。

あらあらあら、と思っていたら、スペインからの一報がそれに続く。

ゴーマンさんの詩のカタロニア語への翻訳はヴィクトール・オビオル氏に発注され、氏は翻訳をすでに終えていたところだというが、そこへスペインの版元からストップがかかる。アメリカの出版社Viking Bookskから「できればアフリカンアメリカンの出自を持つ女性活動家による翻訳が望ましい」という要請があった、というのがその理由だったという。

オビオル氏は、シェイクスピアやオスカー・ワイルドなどのカタロニア語への翻訳でも知られる人。翻訳界のいわばエスタブリッシュメントに属する大家だ。だが、ポイントはそこではない。私は自分の中に言いようのない違和感が募ってくるのをどうすることもできなかった。

それはBLMこのかた、世を人を、ある特定の属性にスポットライトを当てて眺め見る、その見方そのものについての違和感だ。国籍や人種、出自などに基づく差別、という点に関しては、私自身は子供の頃からそういうことが、まずは気質的に大嫌いで、そのことでは親や教師ともずいぶん対立した。そして長じてからは私自身が肌の色や宗教のせいで差別される体験をたっぷり積んだこともあり、そこに幼少期からの気質が重なって「ふざけんな」という態度を生涯を通じて貫いてきたつもりである(←大げさ)。そんな私が、差別問題を矮小化したり、なかったことにしようとしたり、という意図を持つはずはない。

ある属性によって誰かを差別することは言語道断だが、さらにその先にあるのは、人を「一つの属性」で見ないで、その人の全人的な在り方で見ようよ、という態度、いや、ほとんど「好み」に近い自らの人間観である。

ロンドン住まいのAさんは黒人でケニアと英国のパスポートを持ち、クリスチャンで異性愛者である、としよう。そうした一つ一つの属性に間違いはないけれど、それと同じくらいにAさんはまた、高校の数学の先生で二児の父親で、インドカレーとあまり冷えてない黒ビールと紫陽花が大好きで、愛車は古いボルボ。下着はマークス&スペンサーで買うけれど、食品に関してはスーパー「テスコ」が気に入っている。そして子供たちが小さい頃にはせがまれて毎晩のように彼らのベッドサイドでウクライナの民話「てぶくろ」を読んでやっていた。こうした要素のどれ一つとってもAさん「でないもの」はない。そしてそういうふうに人間を捉える芸術のひとつ、それこそが文学というものだ、と私は思うのだ。

子供の頃、実は私もまた「てぶくろ」が大好きだった。ウクライナがどこかも知らず、その雪深い森の実際の姿も知らず、動物たちが話す言葉も身にまとう民族衣装も遠いどこかの現実離れした存在だったにもかかわらず、それでもその物語には昭和の幼児の心に響くものがいっぱい詰まっていた。これを翻訳してくれた人の存在によって、このウクライナの民話は、一民族だけの所有物であることをやめ、日本の、そして世界の子どもたちのものになった。そのことに対しては「ありがとう」という気持ちしかない。

翻訳は、一つの言語からもう一つの言語への「意味の翻訳」であること以上に、どこか別の場所で別の言語で綴られる世界観や人間観や自然観を探し出してきて紹介するという営み。逆に言えば、ある日、どこかの奇特な人がそれを見つけて紹介してくれるまで、元の詩も小説も民話も童話も、世界に読まれるポテンシャルを持ちながら、まだそこに至っていない、そういった、いわば「発芽前の生」を静かに生きているということ。ほとんどのものは発芽せずにポテンシャルのままで終わる。けれど、数十年、時に数百年を経て突然、発芽することだってある。

そしてその発芽前のポテンシャルが、ある属性を持つ人によって書かれたものだからといって、その属性を持つ人だけがそのポテンシャルを独り占めしていいことにはならない。その属性を共有しなければ、それの紹介者になれないという道理もない。なぜなら、文学とは国境や人種や性別や時代を越えることを最初から必然的に内包した存在だからだし、その作者にはもっとも目立つ属性以外にも、無数のさほど目立たない、けれど欠かすことのできない属性が山ほどあるからだ。

妊婦の話は妊婦を経験した人にしか訳せないのか。ゲイ文学(というくくりはあくまでその作品の一部を語るに過ぎないと思うが)はゲイにしか訳せないのか。女性文学は女性翻訳者によってしか訳され得ないのか。そんなことはないでしょう、というのが私の揺らがぬ立ち位置だ。そもそも妊婦にしか妊婦は書けないのか、ゲイにしかゲイは書けないのか、という話になる。

「彼女が若い黒人の女性、21世紀に生きるアメリカ人であるからという理由でそれを私が翻訳できないのだとしたら、紀元前8世紀のギリシャ人でない私にはホメロスを訳せない、そもそも16世紀の英国人男性でない私が、シェイクスピアを訳せるはずもなかった、ということになりますね」ーー前述のオビオル氏が騒ぎの後のインタビューに答えた時の言葉だ。なぜなら、版元は翻訳者としての彼の「資質」ではなく、彼の「属性」によってこの話をキャンセルしたわけだから。

そう、私が感じた違和感は、そもそもゴーマンさんの詩を「若い・黒人・女性」という属性に閉じ込めようとするその傲慢さに対してものでもあったと思う。作品の持つ普遍性のポテンシャルを最初から断ち切ろうとする、そうした分断主義は、そもそも文学にはなじまない。文学の読み手は、それぞれ自分が置かれた場所で、限られた人生体験や自らの属性による縛りの中でしか作品と接し得ない。「真の理解」なるものが仮にあるとして、そうした真の理解を妨げる限界や縛りだらけのはずなのに、それでも読もうとするし、いくばくかの何かを感じたり考えたりする喜びにもあずかれる。

翻訳とは、他者の属性に近づき、それを理解しようとする試みである一方、属性という縛りからの解放の営みでもあるのだ。そういうものとして「翻訳」を理解してきて身にとって、ゴーマンさんの詩の翻訳を巡る一連の騒ぎには到底無関心ではいられなかった。

日本での翻訳は、鴻巣友季子さんがされることになったということをどこかで目にした記憶がある(出典未確認)。白人でなくて黄色人種ならば許されるのか。女性であるということで、すでに資格の半分は得られるのか。いや、そういうことじゃないでしょう。(たまたま日本にはおそらく「アメリカンアフリカンに出自を持つ若い黒人女性」の」翻訳者はおそらくほとんどいないだろうから、この一件が問題になったとしても解決法がなさそうだけれど)






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