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次会うときはもう少し鮮やかな服でも着るか

張り切っていると思われたくなくて、

無地の白Tシャツを着た。




夏のすてきな思い出に、最後にバーベキューでもしないか

といったのは誰だったか。


寮の庭にある倉庫に、いつ買ったのかわからないバーベキューセットがあることは
知っていたけど、今まで誰かが使っているのは見たことない。


案の定、3日前に引っ張り出してみると、
すすだらけで錆びきっているし、

どうみても女子を呼んだ会で使うようなものじゃなかった。



始業式よりも早めに寮に戻ってきていたメンバーで洗ったり磨いたり削ったりしたが、

少しもきれいにならなかったので、
しょうがなく最寄りのスーパーでレンタルすることにし、その日のうちに予約した。




バーベキュー当日、気がついたら、男女で買い出し担当が決まっていたらしく、集合時間に庭にいったときには、ちょうどみんな戻ってきたところだった。

彼女は持参のエコバックから野菜を取り出して、机に並べていた。


僕が電話して予約したバーベキューセットも、
もう他の奴の手によって組み立てられ始めている。完全に乗り遅れたと思った。

手伝うよ、と男子だけのいつものメンバーなら言える言葉が、どうにも喉から出てこない。

僕はしょうがなく、近くにあった椅子に腰掛けた。


僕と同じようなやつは他にもいて、
みんな着々と準備しているメンバーを遠巻きに見ている。

招かれた女子は彼女をいれて3人、
寮側のメンバーは買い出しに行った3人と、
あと僕を入れた4人。

何も狙いがないわけないか、
これはこの3人のためのバーベキューなんだ。







準備が終わり、みんなで席について、肉や野菜を焼き始める。


「やっぱり、5人用じゃちょっと小さいな」

彼女の隣を陣取った奴がそうつぶやく。


悪かったな、5人用しかなかったんだよ、とそんな軽口も叩けず、

僕は目の前にある野菜を網の上に乗せていく。



話題は、夏休み何してたか、とか普段の女子寮はどんな感じか、とか、もっと寮同士で交流したいとか、そんなことだった。


一緒にバーベキューをする、言葉にするとこんなにも青春めいているのに、

対角線上に座っている彼女は肉の煙で見えないし、暑いし、ベタベタしているし、

何だかあまりすてきな思い出とはいえない。



まあ所詮、誰かが企画してくれたのに乗っかっているだけ。

あまり出しゃばらないほうがいい、と割り切ったほうが楽かもしれないなと思うことにした。







日が暮れてくると、暑さも収まって、すずむしが鳴き始めた。



おおかた食べ終わり、それぞれ席の近い人とお喋りに興じていると、彼女がすっと立ち上がった。


「飲み物買ってこようか?ここにも自販機ある?」


たしかに、テーブルの上にあるペットボトルはどれも空に近い。


「自販機あるよ。あ、ねえ、案内してあげれば」


彼女の隣にいた奴が何故か僕に向かってそう言う。


なぜ、と思うよりも先に心臓が縦に飛び跳ねた気がした。

僕はうん、とか何とか言ったのだろうか。

立ち上がると、同じく立っている彼女と目が合う。



「玄関のほうに」



そう言うので精一杯だった。




中庭から少し離れて、寮の玄関にやってきた。

自販機は玄関の向かいの階段を登った2階にある。



2人きりとまでは行かないけど、中庭の声が聞こえなくなってきた。


こういう場面を望んでいたはずなのに、急に逃げ出したくなる。

ほんとうは、

遠くからあーだこーだ思っているだけが、
気が楽だったのかもしれない。





「バーベキューセット、予約してくれたんでしょ」

自販機の前で飲み物を選びながら、彼女はそういった。

「ちゃんと肉食べた?」

彼女は手のひらで小銭を転がしながら、なかなか自販機のボタンを押さない。

「食べたよ」

僕がそう答えると、彼女と目が合った。
よかった、と彼女は言った。







寮の新入生歓迎会のときに、たまたまペアになって、少し話した。

ゆっくり話すところと、選ぶ言葉がいいな、
と思って、ただそれだけだった。



連絡先も知らないし、性格もわからない。
名前を呼んだことも、呼ばれたこともない。

ただそれでも、目に見える彼女が全てでも、
僕は







突然、外から何かが弾けた音がした。



はっとして、自販機の横にある窓に視線を移すと、大きな花火が遠くの方に見えた。



「あ、今日」



僕がそうつぶやくと、彼女は頷いた。



「さて、何がいいかな。何飲む?買ってあげる。」

寮の自販機だから、大した飲み物はない。それでも彼女にのせられて、少し浮ついた気持ちになる。

「いいよ、僕、お金持ってるから。自分で買う。」

ポケットの中から、財布を取り出す。



「僕っていうんだ、自分のこと。いいね。」





この先、卒業まで彼女と話せなくても、
もういいや、と思った。



張り切っていると思われたくなくて選んだ無地のTシャツに、

きっと僕はこの夜を何度も思い出すのだろう

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