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喪失感と「羊をめぐる冒険」

昨晩に村上春樹のことを書いたらどうにも止まらなく
書きたいことがたくさんあるんだなと感じたので今回はその続きです
とはいえどこから語ればよいのか悩みますね
さしずめ作文のタイトルでいうと
「村上春樹とぼく」
みたいな感じでしょうかね
自宅の本棚にはもちろん村上春樹の本がおいてある
もちろん全てではなく今となってはほんの数冊である
羊4部作とハードボイルドワンダーランドが文庫本で
それとハードカバーでは紀行文である「遠い太鼓」と「辺境・近境」
あとアメリカで発売された短編集の日本語版の2冊
「象の消滅」 短篇選集 1980-1991」と「めくらやなぎと眠る女」だけである

再婚する前までは乱読で現代作家の小説や歴史物、ノンフィクションなど
興味があればジャンル問わずにありとあらゆる本を買っては読んでいたが
再婚して子供が生まれると本を置くスペースもなくなり、落ち着いて本を読む時間もなくなってしまいました。なので今まで購入した本は一部の選ばれた勇者を除き、近所の倉庫に一時避難してもらいました。
司馬遼太郎さんの文庫「城塞」「関ヶ原」「世に棲む日々」と「坂の上の雲」と短編が数冊。と上記の村上春樹の本が選ばれましたね
まぁ案の定というか、わかりきったことでしたが1年後には倉庫に避難した300冊近くの本はブックオフに引き取られました…笑

で残った村上作品の中で一番読むのはやはり「羊をめぐる冒険」かなと…
特に北海道に渡ってからの僕とガールフレンドの親密さや
十二滝町の歴史、そして僕ひとりになった牧場での日々の文章は
いつ読んでもどこで読んでも情景が浮かんでくるし、お腹も空いてきますね。笑
そしていつも読み終わった時に軽い郷愁感に心が囚われます

なぜ郷愁を感じるのかというと
この本を初めに読んだ時が僕が中学生の時だったからかもしれない
あの時の僕はどんな中学生でどこに住んでいて、どんな空が広がっていて
そしてそこには必ず僕が生まれた頃からいた家族が全員いた
でも今はもういない
祖父がなくなり祖母がなくなり、そして母が亡くなり父も亡くなった。
あの時は中学生だったけど今は50歳をむかえる
あの時は生まれ育った足利にいたけど今は東京にいる
あの時は暗いニュースもなく毎日が楽しく、大人達の表情も明るかった
だけど今は違う。毎日が暗いニュースで大人達の表情は暗い
だからかもしれない
同じ文章を読んでいるのにこんなにも自分を取り巻く環境が変わってしまった
だから感じるのかもしれない

文章の中での僕の喪失感は現実での僕の喪失感を呼び起こし
失って初めて大切なものだったと気付く
でも失わないとそれが大切なものだということに気付かない

「羊をめぐる冒険」を読む度にそんなことをぼんやりと思います

右翼のモデルはもちろん児玉誉士夫です




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