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ジャングルトラム、出発進行!

ご案内
1.運賃はどなた様も無料です。
2.植物の皆様には毎朝一回、無料シャワーをご提供させていただきます。
                            運転手より

ここはドイツ南西部に位置するマンハイム。この町に6月の12日間、「ジャングルトラム」が運行することになりました。

運転手
「いの一番に植物のみなさまにご乗車いただきます。ちょっと狭いかもしれませんが、それぞれにぴったりの場所をご用意しましたから押し合わなくても。。。」

運転手さんの言葉が終わらないそばから「お姉さま、早く早くぅ」という声とともにティランジア3姉妹が足取り軽くタラップを駆け上がって天井の特等席におさまりました。ふわん、ふわん、風に吹かれてとっても気持ちよさそうです。

ティランジア3姉妹

「よっこらしょ」と優先席に腰かけたのはアレカヤシのおじいさん。切符を刻印する機械の上で揺れているセイヨウタマシダさんと話し始めました。「じっとしちゃおれんと思ってきたはいいけれど、段差はかなわん」。「どうやらこのトラムは1975年のものでバリアフリーなんて発想は全くなかった時代の車両らしいですよ」とタマシダさんが返します。

「トラムに乗ってどこに行くの?」「マンハイムの中心部をクルクル回るの。お城とか図書館とか、みんなが行きたいところを通っていくのよ」「ぼく楽しみだなあ」ー。お母さんと手をつないだオリヅルラン坊やの弾んだ声も聞こえてきました。

オリヅルラン(右)とやんちゃボーイズ

最後尾に陣取ったテーブルヤシ、カシワバゴムノキら、やんちゃボーイズは上機嫌で歌っています。

全員が乗り込んだところでシャワーのサービスがはじりました。

「ひゃっほう。お水サイコー!!」歓声と拍手が方々で起こります。
「お母さん、気持ちいいねえ。ずっとずーっと毎日毎日暑い日が続いているから」とのオリヅルラン坊やの言葉にお母さんが顔を曇らせて言いました。

「こうやってお水をもらえる私たちはいいんだけど、雨に頼るしかないシデおばさんからは大変だって手紙と写真が送られてきたの。あまりの日照りに葉っぱから水分が出ていかないように葉っぱを丸めているらしいの。見てごらんなさい、まだ6月なのに。。。」

セイヨウシデのおばさん

運転手さんのアナウンスがはじまりました。

「植物の皆様、今回はジャングルトラムにご協力たまわり、ありがとうございます。地球温暖化で生物全体の環境が大きく変わろうとしております。植物の皆様方におかれましては、問題の原因を作っている私たち人間を大いに責めたいところでしょうが。。。。」

「本当に一体人間は何をやってるんだい。議論するばっかりで手を打たないじゃないか。見るにみかねてワシはやってきたんだぞ」と顔を真っ赤にしてアレカヤシのおじいさんが途中で口をはさみました。

運転手さんは「ご怒りはごもっとも、反論する余地はございません」と平謝り しながら「そこでですね、温暖化の原因である二酸化炭素の排出を収めるべく、環境にやさしい公共交通機関の利用をすすめようとジャングルトラムを走らせる運びとなったわけです」と説明を続けました。

「生ぬるい!人間の中には車道の真ん中に手を張り付けて、車に乗る輩に抗議してるっていうじゃないか。わしら植物もそれくらいやらなきゃいかんのじゃないか!」と叫んだのはまたしてもアレカヤシじいさん。

「おう、じいさん、威勢がいいじゃないか、やるねえ」と最後列から冷やかしが飛んできました。ティランジアのお姉さんは軽蔑するように「やだあ、あたしたちが張り付いたってひかれるだけじゃない。それにノリがついたら息ができないし。。。頭が悪いんじゃなぁい」。

聞きとがめたアレカヤシじいさんは「小娘に何がわかるってんだ」と一喝し、なだめようとするリプサリスおばさんに対しても「あんたはね、体に水を蓄えられるからこの窮状がわかってないんだよ」とくってかかる始末で車内のあちらこちらで論争がはじまりました。

オリヅルラン坊やはその様子にただただびっくり。お母さんは落ち着かせるように「ほら走り出したわよ。坊やは離れないようにアタシにしっかりくっついてなさい」と声をかけました。

「では皆様、トラムはスタート地点の中央駅に向かいます。しゅっぱーつ、しんこう!」

中央駅で待ち構えていた人間のお客さんが続々と乗り込んできました。ベビーカーのお客さんには車掌さんがお手伝いをしています。

人間のお客さんはジャングルトラムに大喜び。ぱちぱち記念写真を撮っては「楽しいわね」、「うちにもこの植物がいるわ」と話し合ってます。アレカヤシじいさんも先ほどの怒りはどこへやら、すっかり機嫌を直して一緒に記念写真に納まっています。床近くに座っている植物たちも踏まれないように気を付けながらお客さんに笑顔を振りまいて大サービス。

オリヅルラン坊やが最初から乗っていたお兄さんがお客さんに何かを手渡しているのに気づきました。

「お母さん、あれなあに?」「花のタネを配っているの。お庭とか鉢に巻いてくださいって」「ふうん」「人間はきれいなお花が、虫さんたちは花の蜜が楽しめるし、植物だって受粉してもらえば種ができて子孫が残せるし、いいことずくめなのよ」

トラムが停車するとお客さんが降りて新しいお客さんが乗ってきます。そのたびにティランジア3姉妹はふわん、ふわんと歓迎の舞を披露してお客さんを喜ばせています。

ジャングルトラムは町のシンボルタワー、給水塔のそばを走ります。噴水が吹き上がる公園は涼を求める人たちでにぎわっています。その様子を眺めていたアレカヤシじいさんがポツリとつぶやきました。

「人間だってワシら植物のことをもっと考えてくれたらいいのに、ワシらが暮らしにくくなったら自分たちだって困るだろうによ」。車内はシンと静まり返ってしまいました。

その中で小さな、でもきっぱりとした声が聞こえてきました。「大丈夫だよ。ジャングルトラムに乗った人たちは、これに乗っちゃうと植物のないトラムなんて面白くないだろうなって口そろえていたじゃない。植物のない世界なんて考えられないんだよ。みんなが持って帰ってくれた希望のタネが芽を出して少しずつ大きくなっていくんだ」

「そうだな、オリヅルラン坊や。希望だけは捨てちゃいかんな」。アレカヤシじいさんの言葉に皆がうなづきました。

そしてオリヅルラン坊やは思いっきり声を張り上げました。
「みなさまー、本日はご乗車ありがとうございまーす。次の停車駅は『緑の未来、緑の未来』です。道は険しいですが、どなたさまも力を合わせて目的地へ向かってまいりましょう!」


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