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とあるトマトを使って料理してみた (番外 気分だけフィジー編)

  本題に入る前にこれだけは書いておく。この文章に料理レシピは出てこない。フィジーについての楽しい思い出話でもない。ましてやnoteで推奨される「問題を解決してくれる内容」といった類のものでも全くない。


えい、いったい何が言いたいんだ、早くしろよと思われるのでサラッと書いちゃおう。人喰いトマトなるものを料理してみた。

ではまずこのトマトの紹介から。学名はSolanum viride (=ソラヌム ヴィリデ)。タヒチ、フィジーをはじめとする南太平洋諸島が原生地で彼の地では「ポロポロ」という名前でも呼ばれるとのこと。ヴィキペディアによると「かつてフィジー諸島などのカニバリズム(人肉食)の習慣のある部族が食べたとされる」とある。なんでも(臭みと癖のある)人肉を消化しやすくする目的で食されたらしい。


このいわくある人喰いトマト、いやポロポロの手入れを職場で私がおおせつかったのが一昨年前のこと。自分の手元にあったときは正直言ってこのトマトが怖くて仕方なかった。ツルっとした手触りと人工的なオレンジ色がどうにも不気味。加えてその名前が、牙をむくトマトのようにも思えてきてやっぱり不気味。


冬の朝にガラッと扉を開け、一帯が暗い中で温室の照明を受けてヌラヌラ光る(ように見えた)姿に思わず「うわあーー」と声をあげてしまったことだってある。そして恐怖を克服できないまま、ポロポロは私の手から離れていった。

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それが今夏、同僚が管理する畑で再会してしまった。屋外で育つポロポロは何か健康的ではないの。こりゃ食べてみるかと思い立った。自分で育てた鶏や豚を自分で殺して食べる気にはなれないけれど、切り身になって売っている分にはへっちゃらというのと少し似ているかもしれない。


そうとくれば本格的に食べてみたい。本格的とは肉とともにということ。食べ方を探りつつネットで調べると国立民族学博物館のホームページで、かろうじてフィジーの「人肉食用のフォーク」なるものが見つかった。とがった先が円状に並んでいる形状からは料理の形は見えてこない。


さらにインターネットで情報をさらってみると、退職されて老後をフィジーで過ごされている方のブログにぶち当たった。どうやら南太平洋諸島でのカニバリズムは戦時下のような空腹故のやむを得ない行為からではなく、敵対する部族の戦士を殺して勇敢な魂を自分の中に取り込むといった儀式的な目的だったようだ。何せ周りは海。ひもじければ魚ならばいくらでも穫れたろう。


実がオレンジ色に色づいた頃を見計らって4個もがせてもらった。まずはそのまま切って味見といく。実の大きさはチェリートマトくらいでナイフで固い皮を切ってみると水分はほとんどない。

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室内で見るポロポロはやっぱり不気味。トマトのせいでは全くないのに色んなことが頭をよぎって食べるのは心が少し抵抗している。。。
恐る恐る口に運んでみた。苦い!。唐辛子のような辛さもちょっとだけ舌先に感じるのは気のせいか。トマトというより苦いピーマンに近いかもしれない。とにかくそのままでは苦みが勝ちすぎていて美味しいといえる代物ではない。人肉の消化促進に使われるとあったし、味が勝負どころではないというのは納得だ。

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第一段階は買ってきたシチュー用の牛肉とニンニクと一緒に炒める。塩とコショウでシンプルに仕上げて味見。肉と一緒に口に含んで試してみると、すこし苦みが消えていた。とはいえ、美味しいとはやはり表現しかねる。
 

炒めたものにさらにトマトソースとナス、タマネギを投入して煮込むことにした。ポロポロチャレンジを決めたときに同僚と人肉の調理法をあれこれ推測したのだが、人肉を食べるならやっぱり煮込み料理だったのではというのが私が出した結論だったのだ。(エグい話ですみません・・・)

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ぐつぐつ煮込んで早速お味見。果たしてトマトの味はするけど、基本的にはポロポロ自体は苦さも残っていて炒めた状態と何も変わらない。ふむ。じゃ肝心の消化はどうよ、と聞かれたら、「普通かな。特段変わったことはない」と答えるしかない。胃もたれしたことがないという体質もあろうし、私が食べたのは単なる牛肉だから当たり前か。

考えるにおそらくこの苦味成分というある種の毒が人肉を食べるにあたってのポイントなのだろう。つまり毒を持って毒を制す感じ。

家で料理をしただけなのにポロポロチャレンジで気持ちはなかなか盛り上がった。ちょっと小心者の自分が限界を超えた気分だけはフィジーの旅。もしかしたらこの夏一番の大冒険かもしれない。

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