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エッセイ

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現地に行って初めてわかる魅力もある

高校生の頃、友人に美術館に誘われた。なんでも魅力的なイベントが開かれているそうで、しかし高校生が一人で足を運ぶのは心細いので誰かと一緒に行きたいらしい。 僕は美術品といえばモネと東山魁夷が好きなくらいで、あとはほぼ無関心。「美術品なんてスマホで調べればいくらでも鑑賞できるし〜」などと考えている若造だったが、「丸の内のレストランで昼を奢るからさ」と言われてついて行くことにした。 迎えた当日、僕らは丸の内の地下でそこそこ高額な昼食をとり、美術館に向かった。友人は美術品を見てし

ある充実した1日の記録

これは大学3年の秋の話。 就活が視野に入り始めた時期だったが、この日は"とある理由"で大学のことしか頭になかった。 ※時刻はうろ覚えなので、「その時間に授業は始まらないのでは?」などとツッコむのはやめてほしい。 朝8:00 朝食を食べてすぐ、テレビにDVDをセットする。タイトルは「イングロリアス・バスターズ」。タランティーノが手がけたサスペンス映画だ。評価が高かったのでレンタルしてみたものの、どうも見る気が起きずに放置していたところ、返却期限日が迫ってきたので慌てて観る

女優・芳根京子に(間接的に)命を救われた話

昨年10月の夜7時。 うつろな目をした僕は、つり革にぶら下がるようにしてJR東海道線に揺られていた。ガタガタと響く走行音がやけに遠くに聞こえる。 この日、僕は会社でやらかした。といっても仕事でミスをしたのではない。 「はぁ〜、もうこんなのありえな〜い。」 と声に出してしまったのだ。 思い描いていたのと違う会社でのキャリア、そんな会社を選んでしまった自分、見つからない今以上の転職先… 悩む日々に心を蝕まれていた。当時SNSで悪質な嫌がらせや誹謗中傷を受けていたことも手伝って

「先生、自分はプロのサッカー選手になるんで、勉強とか必要ないっす」

塾でアルバイトをしていた頃、担当していた中学生男子にそう言われた。 彼の発言を読んで「幼稚だなあ」と思った人もいるだろう。しかし僕は違った。というのも、他の生徒から聞くところによると、彼のサッカーの実力は「半端ない」そうだからだ。中学生のレベルをゆうに超えており、彼目当てで連日サッカーの名門高校からスカウトが押し寄せているのだとか。 以前に彼からサッカー選手としての自己分析とチームの戦術について話してもらったことがあるが、それを聞いた感じではサッカーIQも高そうだった。 彼

サッカースタジアム体験記

現在、Jリーグはコロナウイルスの影響で中断されている。再開されてもしばらくは無観客試合が続くだろう。Jリーグ各クラブは大きな収入源を失い、苦境に立たされている。 今の僕は、1日でも早くリーグが再開できるよう外出を自粛し予防を徹底することしかできない。しかし、いつか通常に戻った時に、スタジアムに馴染みのない多くの人々に「スタジアムに行ってみるか」と思ってもらうことは出来るかもしれない。そう思いこの文章を書くことにした。 サッカースタジアムに行ったことのない人には、この文章で「

ある夜の思い出

社会人1年目の春、僕たち新入社員は会社の研修に参加した。 研修先はド田舎だった。「サンドウィッチマンが秘境飯を求めて歩いているような所」と言えば想像しやすいだろう。 駅などない。バス停はあるが滅多にバスは来ない。人はすでに絶滅状態のようで、野生動物の鳴き声ばかりがよく聞こえる。 道端には、「野生動物に注意」と書かれた古めかしい看板が立っていた。 当然ながら、食事処もなかった。近辺には誇張抜きでコンビニしかない。スーパーは15キロ先で、車がなければ到底行けない。 僕た

自転車の補助輪

家にいると、毎日何度も「ガリガリ」という音が聞こえる。スーツケースを引き摺るときの音だ。 正直なところ、不快だった。窓を開けることが多い今日この頃、たとえ室内にいても車輪とアスファルトのぶつかる音が腹まで響いてくる。それも、1日に何度もだ。 長きにわたる自粛生活の反動で旅行者が増えているのだろうか。みんな勇気あるなぁ。 ため息をつきながら、そう思っていた。 しかし昨日の昼、買い物へ出かけた僕は、音の正体を知った。 ガリガリ音を立てていたのは、自転車の補助輪だった。 燦

6歳だった夏休み、祖母とトランスフォーマーとマジックアワー、千と千尋の神隠し

1、散歩6歳の夏休み。太陽が横から照りつける午後3時。 僕は、祖母とテクテク散歩していた。 両親が共働きの僕は、週に3日ほど、祖父母の家に預けられていた。 普段は一緒に本を読んだりテレビを観たりしていたのだが、この日は「後でいいものを見せてあげるから、その前に散歩しようね」と誘われ、近所を歩くことになったのだ。 散歩の最中は、僕の独壇場だった。 背の順で2人抜かした、学校で歌ったKiroroの「Best Friend」って歌が好き、こんな歌だよ、歌うから聞いて、夏休み明け

ハーランドからの2億円

(注) 想像力を働かせてお読みください 眠い。まだ昼なのに。昨夜遅くまでドルトムントvsシャルケを観ていたせいだ。 不快感を伴う眠気だ。このまま椅子に座っていてもイライラするだけだ。そう思い、僕は散歩をすることにした。 歩いていると、いつのまにか母校の近くまで来ていた。都内の大学にしては広く、緑豊かなキャンパスだ。 ノスタルジーに浸りたくなった僕は、学生時代によく友人と昼食を取ったエリアに向かった。 古びた横長の校舎の前に、長方形の空き地がある。その空き地を囲むよう

白く小さな女の子

本日、僕は祖父母の家に行った。 もうすぐマスクが尽きるというので、うちの在庫を10枚ほど届けに。 さほど遠くないので、西日ノ直撃ニモ負ケズ、坂道ニモ負ケズに歩く。 僕がウイルスを持っていると危険なので、到着したら粛々とマスクを渡し、会話は必要最小限に留める。 「マスク持ってきたよ」「ありがとうねえ」 そして帰路に着く。 …といきたいところだが、この家にはそれを阻む女の子がいる。白猫のユキちゃん(仮名)3歳。立派な大人に相当する年齢ではあるが、活動内容は幼児そのものなので、

早起きして触れた「異世界」

朝4時に目が覚めた。空は青くなりつつあるが、世界はまだ暗い。もう一眠りしようと思い布団に潜り込んだが、寝付けない。なんだか頭が痛い。昨夜アルコール3%だと思って飲んだチューハイが6%だったせいだ。酒の力で早くに眠りに落ち、その分早く目が覚めてしまったのだろう。そのような寝方をした次の朝は少し気持ち悪い。仕方なくスマホをいじっていたが、ますます気持ち悪くなった。現代社会の産物は二日酔いを冷ましてなどくれない。僕は慌てて立ち上がった。 立ち上がった弾みに閃いた。そうだ、散歩しよう

最高に知的で面白い映画を大学で観た話

2015年夏。太陽が燦々と輝く昼下がり、僕は学部棟の大教室にいた。 教室には僕も含め500人近い学生がいたが、いつも眠そうな顔をしている羊たちの目は異様に輝いていた。 なぜならこの日は、みんなで映画を観る日だったからだ。 前の週、教授が言った。 「来週は最高に面白く知的な映画を観ます。感情や常識に流されず、論理的に物事を考えることの大切さを学んでほしいと思います。この教室にいる時点で論理的思考力に長けているとは思いますが、それでもこの映画から学ぶことは多いでしょう。では、お

アヴリルを聴きながら

「観るのやーめよっと」 僕はテレビを消した。本日2度目だ。 この日僕は2本の映画を観て、どちらも途中でやめてしまった。それほどつまらないわけではなかったが、半分ほど観たところで「残り50分もこの映画に付き合うのは時間の無駄な気がする」とドライな気分になり、消してしまった。 真面目で完璧主義的な性格をしているためか、映画を途中で放棄することはまずない。後半30分の恐るべきクオリティの低さで有名な「映画クレヨンしんちゃん 踊れ!アミーゴ」ですら最後まで観た。しかし、この日は耐え

公園でサッカーをしてきた

外は雨が降っていた。部屋から薄暗い空をボーッと眺めていた僕は、ある健全な欲求を催した。 「ボールを蹴りたい」 ここ最近、無性にボールを蹴りたかった。もう1ヶ月近くサッカーの試合を観戦していないし、昔の試合を観るのにも飽きた。もはや自分でボールを蹴るしかない。サッカー経験者だからだろうか、毎度そんな論理の飛躍をしてしまうのだ。 午後3時。ようやく雨が止んだので僕は公園へ向かった。服装は上下ともに某強豪クラブのジャージ。体格と併せて、完全にサッカー青年だ。 付近に公園はい