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ある充実した1日の記録

これは大学3年の秋の話。
就活が視野に入り始めた時期だったが、この日は"とある理由"で大学のことしか頭になかった。

※時刻はうろ覚えなので、「その時間に授業は始まらないのでは?」などとツッコむのはやめてほしい。

朝8:00

朝食を食べてすぐ、テレビにDVDをセットする。タイトルは「イングロリアス・バスターズ」。タランティーノが手がけたサスペンス映画だ。評価が高かったのでレンタルしてみたものの、どうも見る気が起きずに放置していたところ、返却期限日が迫ってきたので慌てて観ることにしたというわけ。
この映画が"超"の付く傑作だった。優れた映画とは何か。秀逸な脚本、演技、演出とは何か。それを全て教えてくれるようなサスペンス・ヒューマンドラマ。ヒロインのメラニー・ロランも圧倒的に美しい。個人的な「史上最高の映画」の一つにランクインすることが確定した。
思えば、朝からこの素晴らしい映画に出会えたことがこの日の充実に繋がったのだろう。

昼11:00

早めの昼食を済ませ、大学へ向かう。電車は山手線の一部区間を除けば空いており、車内でカミュの「異邦人」を読むことができた。この作品についてはすでにツイッターやnoteで何度か語っているので、感想は省く。ただ公共の場でこの本を読んでいる姿を晒すのは少し気が引けたので、ブックカバーをつけていた。

昼13:00

この日最初の講義がオリエンテーションのみで終わったため、教室で久々に会った友人たちと近況報告をしあう。車の免許の話がメインだっただろうか。友人の1人はマニュアルだったので苦労したらしい。そしてもう操作方法を忘れたらしい。彼はこう締めくくった。「オートマにすればよかった」

昼14:30

大学でゼミがスタート。実はこれが"大学のことしか頭になかった理由"である。僕が所属していたゼミはもともと中〜小規模なものだったのだが、この学期からゼミ生が20人近く増員したため、教室や使用機材、ゼミのスタイルなど色々な点に変更が施されることになっていた。その運営は、先輩方(4年生)は最終学期ということもあり、これからゼミを引っ張っていく我々3年生が任されていた。そんなわけで、20人近い後輩たちとの顔合わせも相まって、なかなかに緊張していた。
もっとも、蓋を開けてみれば大したハプニングや手間のかかる作業もなく、あっさりとセッティングは終了した。後輩たちの顔は(人数が多すぎて)覚えられなかったが、「ああ、皆うちの学部生だなぁ笑」という印象だった。

夕方15:30

ゼミの後半は短めの懇親会にあてられたのだが、近くに座っていた女子がFCバルセロナのファンで、僕がサッカー好きと知ると積極的に話しかけてきた。本来こっちから話しかけるべきだったななどと思いつつ、欧州サッカー全般の話で盛り上がった。プレミアリーグは下位チームまでレベルが高くて面白いよねとか。考えてみれば、女子とサッカーの話であれだけ盛り上がったのは初めてだった。

夕方16:00

レポートさえ書けば単位がくる英語の授業に出席。しかし初回でいきなりネイティブの教師から「学期末までに好きな偉人に関するレポートを書きなさい。その際、最低でも英語で書かれた5冊の専門書を読むこと。読まずにレポートを書いたらバレますよ」とのハードな課題を出され悶絶する。聞くところによると、これはこの教師が試行錯誤の末にたどり着いた「学生が最も偉人に親しめる方法」らしい。そうなのか…?
ちなみに昨年は、本は1冊のみで残りはwebサイトでもOKだったそう。しかし学期後に「楽だった」との評価を大量に受けたことで生徒の能力を上方修正し、一気に5冊まで増やしたそうだ。知らなかったそんなの。突然増やしすぎでしょ。
この授業は初回からフルスピードだった。歴史上の偉人と言ってもナポレオンやチャーチルではなく、哲学者・思想家が多かった覚えがある。デカルトとか。ハイスピードで思想家について学ぶ中で英語に触れざるを得ない環境が作られており、これはこれで新鮮だった。周りも同じことを感じたのだろう。授業が終わる頃には、課題が発表された時の重苦しい雰囲気は消えていた。
そうそう、隣の席の同期がとにかく馬の合う男だった。彼は今どうしているのだろう。明るさの中に時折苦悩が見え隠れする人物だっただけに、少し気になる。

夕方17:30

哲学の専門書など普通の図書館には置かれていないので、中央図書館の地下・研究書庫へ向かう。ここはまさしく巨大迷路で、伊能忠敬でもない限り道マヨ状態(道に迷った状態)になってしまうので、天井のライトの色で自分の位置を把握する仕組みになっていた。実に合理的だなと淡い感動を覚えたものだ。
とはいえ面積が広いので、目的の場所に移動するだけでも時間がかかり、また無響室のように静かなのでテッテッと小走りするような真似もできず、淡々と1時間ほど彷徨した。よもや英語で書かれた哲学の専門書を高速で立ち読みすることになるとは思わなかった。
そうして何とか参考になりそうな5冊を見つけ出し、外に出ると、東京の夜景が待っていた。

夜19:00

帰宅途中で空腹に耐えかね、日暮里駅で下車。飲食店を探していると真っ先に飛び込んできたのが「松屋」の看板だった。高層マンションの下層階に入っているらしい。何を隠そう僕は松屋の大ファンなので、ちゅーるを発見した猫のごとく一直線に突き進んだ。
松屋は基本的になんでも美味しいので、一度も頼んだことのない品を注文した。品名は覚えていない。

夜19:30

安定の松屋クオリティに安心・満足した僕は、今自分が歩いている日暮里駅東口がドラマ「TRICK」シーズン2最終回のロケ地だったことを思い出す。
しかし印象的な噴水は大規模開発で撤去されており、当時の面影は残っているとはいえ、全体的にはサッカー界のように現代化されていた。今の方が合理的で美しいが、昔の方が味があったように思える。余計なお世話か。今ここであのシーンを撮ったら冬の恋愛ドラマになりそうだな(そして阿部寛は結婚できない)、などと思った。
気が向いたのでそこから日暮里駅を経由し、上田次郎が山田奈緒子を探していた西口へ。今では綺麗に整備されているが、当時はまだ寂れたレトロな雰囲気が残されており、TRICK2の撮影時とあまり変わっていなかった記憶。ふと下を見ると数え切れない数の線路の上を常に多種多様な電車が走っていて壮観だった。日暮里名物。
上を見上げると、鬼束ちひろの「流星群」がよく似合う澄んだ秋の夜空が広がっていた。

夜20:30

帰宅ラッシュで混雑する電車に悪戦苦闘し、押し出されるように最寄駅で下車。うんざりする毎日のルーティンだが、刺激に満ちていたこの日はその日常性にどこかホッとさせられた。
そして駅のNewDaysでスイーツを購入し、帰宅。テレビのドッキリ番組でバイきんぐ小峠が散々な目に遭っているのを見ながら、購入したばかりのスイーツ(シュークリームだったっけ)を食べる。朝からとにかく濃い1日だったが、なにぶん充実していたので疲れは感じず、小峠のツッコミに爆笑するエネルギーも残っていた。


果たして、この日だけでどれだけの新しい出会いがあっただろう。それは人に限らず、本や街、料理にまで及ぶ。
毎日がこんな日だったら、恋人なんかいなくても素晴らしいリア充だよな、そう思いつつ、寝床についた。

人によってはこの1日を大して充実していないと思うかもしれない。しかし、充実の定義は人それぞれである。僕はこの日のような、新しい出会い、何気ない会話、未知の空間、ノスタルジー、趣味、手頃で美味な料理、そして少しのスリルが混ざり合った1日を、充実の極みと考える。ただそれだけの話である。

お金に余裕のある方はもし良かったら。本の購入に充てます。