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それは「みんなが幸せ」な状態ですか?──60年続けた本業を撤退した話(6)

2023年11月末、滋賀県大津市に本社を置く藤沢製本は、創業から60年続けていた製本事業からの撤退を決めました。

この連載は、そんな私たちの紆余曲折を記録に残し、次につなげるために始めたものです。特に第2回〜第5回までの4回で、歴史を大きく4つのフェーズに分け、起きたことや課題を整理してきました。

【第2回】攻めのアイデアと機械化で、拡大と成長

【第3回】ピークを超えた市場、浮かび上がる「問題」

【第4回】経営改革から、「製本」以外の事業化に挑む

【第5回】「製本をやめよう」と決断できた日

最後となる今回では、その中で私たちが次に向けて見出した光について、少し触れたいと思います。同時に、撤退を通じて見えてきた少し大きな視点からの疑問、「こうなったほうがもっとみんなハッピーじゃないか?」という提案も記してみたいと考えています。

まだ撤退を決めたばかりで、今も悩みの最中にいますが、もしこれを読んだ方の何かのヒントになりますよう。出版や製本の業界が、関わる人みんなに幸せな場になりますよう。そして、新たな出会いが、私たちにもみなさんにも生まれていくよう願っています。



製本をやめた藤沢製本に、残ったもの

「もう製本をしない」と決めた藤沢製本ですが、試行錯誤を続けたことは決して無駄ではなく、貴重な気づきや出会いを得ることができたと捉えています。

1つは、藤沢製本のアイデンティティを再発見できたこと。長く製本事業を続けてきたなかで、「良い本をたくさん生産する」ことが強みのように捉えてしまっていましたが、歴史を辿ると、それは結果にしか過ぎないことが見えてきました。

むしろ第2回で記したように、創業〜成長期における時代を切り開く力、柔軟な発想力こそが藤沢製本の根底にあります。もともと製本事業との出会いも、「アルバイト先で本作りのノウハウを知ったから」に過ぎず、時代のニーズに応えていく面白さに、創業者が魅せられていったという方が正しかったでしょう。

これ以上無理をせず製本事業を撤退する、という選択が取れたのも、自社製品開発や新規プロジェクトに前向きになれたのも、今ありがたいことにさまざまな異業種の方々から注目いただいているのも、そうした原点を、現在の私たちが手放していなかったおかげだと思っています。

そこで生まれたブランド『テキトーフォーミー』も、藤沢製本に残った大切なものの1つです。第4回で説明した「かばおのノート」「かばおのカード」商品もですが、“毎日の自分のパフォーマンスがナチュラルにベスト”というコンセプト自体の力を、この2年ほどで感じる機会がたくさんありました。

ブランド名の“テキトー”は、“適当”(ちょうどよい)を軽やかにしたもの。それぞれにとって、一番ふさわしいモノ/状態/価値観を軸に生きていくことを目指した言葉であり、そのための方法を、藤沢製本のアイデンティティをもって探っていくプロジェクトです。

なので、事業範囲はオリジナル製品の開発・販売に留まりません。むしろ商品は、ちょうどよい状態をつくるツールの1つ。実際にはワークショップの開催や、toB向けの企画支援なども手応えを感じています。生みの親である藤澤佳織が中心となり、引き続きこちらを展開できたらと思っています。


みんなが幸せになる出版・製本業界であってほしい

“毎日の自分のパフォーマンスがナチュラルにベスト”。

この『テキトーフォーミー』のコンセプト、実は私たち自身の製本事業の撤退にも、大きな影響を与えました。「藤沢製本にとって、今の事業を続けることは、ちょうどよい状態なのだろうか」。そんな問いを何度も反芻したからこそ、最後は潔く決断を下すことができたし、今回のnoteにもつながったように感じています。

ではこの言葉で、もう少し広く私たちの撤退の背景に目を向けると、どんなものが見えてくるでしょうか。キャラクターのかばおの口癖「『みんなにこにこ』がいいね」で社会を照らしていくと、何が見えるでしょうか。

製本業界について言えば、廃業の話は昨今珍しくありません。2018年の時点で「全日本製本工業組合連合会」への加入事業者数は728社、全盛期の3割程度とされています。もちろん出版物の縮小もありつつですが、「少しでも安く、けれど一切のミスなく」……そんなオーダーにギリギリまで耐え、ある日突然廃業者となった方の事例は、実際にいくつも聞きます。

発注者/受注者が過去の慣例に倣い、無理を言い/聞き続けていく延長で、「次世代に残したい」と思えるようなモノをきちんと作っていけるのでしょうか。それは、みんなが幸せな状態でしょうか。

出版業界について言えば、少し私たちのポジションと矛盾するようですが、「その本は本当に紙にする必要があるのでしょうか」「みんなを幸せにする本でしょうか」とも投げかけてみたいのです。書籍の販売部数がピークだった1988年、3万7000点だった新刊点数は、その後市場が縮小が続いても増え続け、2009年には、7万8000点を超えました(『出版指標年報』より)。現在も年に7万点近く新刊が発行される状態は、果たしてちょうどよいのでしょうか。新刊を出すことが、何より目的になっていないでしょうか。

製本をしていると、さまざまなやりとりから、「長く愛されることを願ってこの発注をしているのだろうか」と疑いたくなるケースに出会うことがあります。製本屋としては「部数があるほうがありがたい」とつい考えてしまいそうになりますが、過剰な供給量(“返品率3〜4割”とされる状況)が、逆に各社の体力を奪い、巡り巡って私たちのような下請会社への皺寄せとなっているような気がしてなりません。このままでは、ただただ互いに消耗しあった結果、「全員が倒れる」という事態になってしまいます。

近年は、発行点数を絞りつつも、徹底して愛される本作りでベストセラーを次々生み出す出版社も出てきました。まずはWebで読者の反応を見てから、長く残したいものを厳選し、書籍化する方法も見るようになりました。関係者の利益がしっかり確保できる状況をどうしたら作れるか、みんなでもう一度整理することから、本を取り巻く“適当な状態”も見えてくるのではないでしょうか。

もちろんそれは、出版社だけの努力で実現できるものではないはずです。出版物の利益確保が難しくなった背景にはさまざまな要因がありますが、「良いものをできるだけ安く、たくさん」を目指してきた、消費者一人ひとりの意識も関係があるでしょう。これは出版や製本の世界以外にも、共通して言えることかと思います。

お店にあれだけ新しいものが安く、大量に並んでいるのはなぜか。その背景に何があるのか。供給過多の時代にこそ、まずはそこに思いを巡らせてみてほしいのです。

それは、私たちのような会社を直接救うことにはならないかもしれませんが、いろんな業界がもう少し持続可能な状態に向かっていくことを、きっと促してくれるはず。そうしてできる新しい社会から、一つひとつの会社、一人ひとりの個人が“ナチュラルにベスト”になっていくと私たちは信じています。

連載を最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。


<記事一覧>

【公開予定】
2023/12/25 第1回第2回
2023/12/26 第3回
2023/12/27 第4回
2023/12/28 第5回
2023/12/29 最終回(この記事です)

株式会社藤沢製本
1963年京都にて創業。学生参考書や学術書など一般書籍の製本請負を主力とし成長。2019年に滋賀工場に本店移転し、出版や印刷・製本業界の枠を越えて新規事業に取り組む。2023年に製本事業から撤退。

(文責:藤澤佳織、構成:佐々木将史