トゥーレイト

低速自動車道で今日も車を飛ばす。
間違ってこの道に入ってしまったと言えば、遅刻し放題。
これが本当のライフハックだ。
時間を引き延ばすことに命をかけている私は急ぐことを許さない。
2時間遅刻した程度でみんなキレ散らかすが、世界が滅亡するわけでもないのになぜそんなにも怒るのか?
そんなやつに限って、あまり見る気のないテレビや動画を2時間垂れ流しながら時間を浪費している。
人にキレる前に自分にキレてほしい。
時間通りに来るロボットのようなやつよりも、遅刻をするやつのほうが人間性があって親しみが持てる。
この冷たい時代、こういう人間の温かみが感じられるようなやつがもっと重宝されるべきだ。
自分が信じている礼儀作法が本当に必要なものなのか、誰かが言ったことを鵜呑みにしてただそれを何も考えずに繰り返しているのかをよく考えてほしい。
それをはっきりと論理立てて説明することもできずに、礼儀作法から外れた人間を非難するやつを私は許さない。
「そういうことになってるからそうしろ」は精神的暴力の中でトップクラスにタチが悪い。
それが最も礼儀作法を欠いた行動だ。
最も礼儀作法を守る人間が最も礼儀作法に欠いているという皮肉な話である。

こんなことを考えて一人で盛り上がっていた私は、さらに遅刻することにした。
数時間の遅刻など生ぬるい。
よし、12時間遅刻しよう。
午前と午後を間違えたという言い訳も適用できる。
いや、もっと遅刻できる。
約束の日時は西暦に言及していない。
来年はおろか何年先だろうが間違っていない。
寿命まで遅刻すれば、遅刻という概念を消すことができる。
ここに感動的な物語を付与すれば、なんかいい感じになる感じがする。
感動的な物語は無条件に人を寛大にさせる。
誰かが被害を被ろうが感動的な物語の前では無力。
だから何かが隠蔽されたり、ごまかされたりする時に感動的な物語がよく使われる。
感動的な物語にケチをつけるやつは無条件にイヤなやつになるからだ。
遅刻は悪いと言えない状況のできあがりである。
これが遅刻の勝ち方か。
とうとう見つけてしまった究極の遅刻怒られ対策。

こんなことを考えて一人で盛り上がっていた私は、到着してしまった。
クソ、時間通りだ。
最低でも数時間の遅刻だと思ったのに・・・。
どうあがいても現代ではスムーズに移動できてしまう悲劇。
遅刻の価値が跳ね上がるのも納得だ。
遅刻のしようのない現代で遅刻をするとは何事か理論が幅をきかせるのも無理はない。
なぜ人はそんなにも早く移動したがるのか?
なぜそんなに急いでいるのか?
時間がもったいない、時間を有効活用したいというのが一般的な答えなんだろう。
しかしそれは本当なのだろうか?
私は最近よく耳にするスローライフを提唱したいわけではない。
あれこそ急いでいる。
簡単な概念で手っ取り早く利益を得たいだけの商売文句に過ぎない。
スローライフアピールが著しい人と待ち合わせをしてみるといい。
遅刻をした瞬間キレ散らかすだろう。
スローライフに急かされているだけなのだ。
本当のスローライフというものを教えてやろう。
まず大前提として機械を使うな。
効率化の権化である機械を使ってスローライフを自称するなど言語道断。
スローライフの情報をインターネットで発信しているやつなど話にならない。
次に予定を入れるな。
時間通りに行動してスローライフを自称するなど愚の骨頂。
予定表は常に真っ白でなければならない。
次に人間関係を全て断て。
こんな効率化された社会で人間関係を持ちつつスローライフを自称するなど論外。
人類が滅亡していても気がつかないぐらいにならなければならない。
この三大原則が達成できて初めてスローライフのスタート地点に立てるということを覚えておいてほしい。
この社会で本当にスローであることは、相当な覚悟が必要なのである。
実際のスローライフは神経をすり減らしながら実践する生き方なのだ。
効率化された社会で神経をすり減らす方がどんなに楽か!
楽でリラックスできるスローライフなどないということを頭に叩き込んでほしい。

こんなことを考えて一人で盛り上がっていた私は、いつのまにかしっかりと時間通りに用事を終わらせていた。
クソ、またやってしまった。
私はどんどん機械化している。
役に立つ人間なんかになりたくない。
何度願ってもその願いは叶わない。
無意識に自動的に私は酷使される。
いくらでも部品のスペアがあり、メンテナンスが可能であればまだ許容できるが、そんなものはない。
いつものように今日も他の生物にバカにされているのだろう。
人間は生物としての恥ずかしさを持たない。
だから人類が続く限り他の生物にバカにされ続けるのだ。
動物園で動物にバカにされ、水族館で魚にバカにされ、空を駆ける鳥にバカにされ、散歩中の犬にバカにされ、公園にいる虫にバカにされ、その辺に生えている雑草にバカにされている。
全てにバカにされている。
そんなバカだから未だに地球からまともに出られないのだろう。
他の惑星では文明が誕生してから大体1000年ぐらいで惑星外の生命体とコンタクトをとるという話だ。
地球は遅れすぎている。
だからUFOもなかなか降りてこない。
「人間は素晴らしい」と言っているのは人間だけだということに早く気づいたほうがいい。
前に近所の熊にインタビューしたら「自然保護とか動物保護とか言ってるけど、それが必要になったのは全部お前らのせいだからな。貢献ぶってんじゃねぇぞ。お前らが無茶苦茶にした以上はやるのが当たり前だからな。恥を知れ」って言ってたし、周りの森羅万象全てが深くうなずいていた。
私はディープエコロジストみたいなことを言いたいわけではない。
他の生物も人間が文明以前の生活に戻れないことを重々承知している。
ただ今より少しでも慎ましく生きてほしいというだけなのだ。
そのうえで無駄に偉そうなやつを片っ端からぶちのめしてほしいというだけなのだ。
ほんの小さな願い。
他の生物には本当に頭が上がらない。

こんなことを考えて一人で盛り上がっていた私は、いつのまにか次の予定を立てていた。
予定が諸悪の根源であることは間違いないだろう。
予定に振り回され死んでいく。
そんなものが人生であるなんて。
気まぐれも許されないのだ。
コンビニが気分で開店閉店を繰り返す時代は何億年経っても来ないだろう。
開店している喜び、閉店している悲しみは永遠に失われたのだ。

こんなことを考えて一人で盛り上がっていた私は、いつのまにか死んでいた。