長井生傑

文章を生みたい。 音楽は聞くもの。RADWIMPS(野田洋次郎)の鳴らす音が好き。

長井生傑

文章を生みたい。 音楽は聞くもの。RADWIMPS(野田洋次郎)の鳴らす音が好き。

最近の記事

妊紳士!

 妻の静香と別れて最初にしたことは、止めていたタバコを再開することだった。離婚届を出した帰り道、近所のコンビニに寄って、タバコとライターを買った。銘柄はなんでも良かったけれど、近頃主流の電子タバコではなく、馴染みのある紙のタバコ、それもボックスケースのものではなく、ソフトケースのものを買った。禁煙前にそうだったからそうしたのだが、今となってはこだわりの理由は忘れてしまった。銀の包み紙を破り開けてから、口に咥える。息を吸い込むと同時に、山肌に張り付く溶岩のように、再開の灯火が点

    • oni-on 阿波しらさぎ文学賞落選

       夜はいつだって眼前から迫り来る。広がり始めた闇は、酔っ払った大学生の遊び場と化した都庁を音もなく呑み込み、西の空の胃袋のなかにすっぽりと収めていく。夜の深まりに歩みを合わせるように、鬼ごっこは酔狂な盛り上がりを見せていた。それぞれ手には飲みかけのお酒を持ち、逃げるともなしに方々へと散っていく。走って逃げながらも、そう言えば最早誰が鬼なのかもよく分かっていない。恐らく捕まえようと寄ってくるやつが鬼なのだろう。エレベータに乗り込む。最上階の展望台に夜景を眺めに向かう人たちに紛れ

      • 星空洗濯機

         僕たちは列を為しながら、それぞれに。鼻唄程度の歌声で、リズムと調子を明るく弾ませ、掬い上げた夜を空へと敷き広げていく。頭から夜を被り、絹のような夜を、順番に一人、また一人と空に重ねていく。少しずつ昼間を食みながら、夜は次第に夜然としていく。黒に向かう途中、青は淡くグラデーションを描く。太陽や雲が悪戯して、時折ピンクやオレンジの瞬間が訪れる。そうして作られる夜に、一つだって同じ夜はない。  麻美は後悔していた。毎晩のことだ。夜になると、不完全な自分に嫌気が差す。  体温と

        • 日記チョコレート

           「えー、それではお伺いします、あなたのお名前は?」  「加納深月です」  「職業は?」  「水泳選手、世界選手権で三度優勝してます。」  さて、今日はどれにしようかな。  私はストレス発散のために食べる食後の日記チョコレートを決めあぐねいて悩んでいた。  一週間とても疲れたし、とにかく甘い日記が良い。  あぁ、これなんて良いんじゃないか。私が病気による引退から一転、三度目の世界一に返り咲いたときのものだ。  口の中でとろける甘い記憶。脳味噌もとろけて、私は幸せだった一日