見出し画像

「螺旋の映像祭」の為の公開往復書簡.4

これは写真家/美術家の本藤太郎と音楽家の宮田涼介が、2020.10/10に逗子市で行われる「螺旋の映像祭」に提出する作品を制作する為に行っている公開往復書簡です。

※前回はこちら


本藤さん

お返事ありがとうございます。
確かに、今年の8月は例年に増して異様でした。毎日マスクを装着する夏が来るとは思いもよりませんでしたが、それに加えて猛暑日の連続。追い打ちも良いところです。

僕は元来、夏が大好きな生物で、夏が近づくと良い歳して高揚し、残暑のこの時期には感傷に浸るのが常でしたが、さすがに今年の猛暑には降参しました。
思えば、僕らが子供の頃は、最高気温が35℃を超えることはあまり無かったんですよね。それが、今や連日40℃に迫る勢いなわけですから、着実な地球温暖化を痛感せざるを得ません。

Facebookで、20年前の七里ガ浜〜稲村ヶ崎の海岸の写真を見たのですが、あの辺りは今よりも砂浜が広かったんですね。今は海に侵食されて半減してしまい、更に20年後にはどうなってしまうのでしょうか…。


さて、本題に入ります。

「信じること」について。

まさか僕のバンド名がヒントになるとは思いませんでした(笑)。
本藤さんはアリの習性を例に挙げてくれました。
僕はもともと「見学希望」というキーワードを持ち出しましたが、アリの例えるなら、まさに孤立した「かろうじてアリ」が、それに該当するでしょう。

ここ日本においては、多数派への追従を美徳とする風潮が根強く残っています。そして少数派は、多数派即ち「数の力」によって自然淘汰されていく。これは、もはや現実社会のみならずネット社会でも蔓延っています。
このコロナ禍で、「自粛円環」「経済優先円環」など、種々の円環が形成されているでしょう。
僕は、いずれの円環に参入する熱量を失っているわけですから、どちらにも属さない「円環外」の人間であることは明白です。

しかし、本藤さんの言うように、必ずしも「円環」に割り入って「人間らしく」生きなければならないかと問われれば、それは否であると考えます。
「円環に入らない=主体性がない」ではないからです。
主体的に円環に入らないという意志を持った上での判断であり、何も考えていないからではないのです。

よく、巷のアンケートで「はい」「いいえ」を答える際に、「どちらともいえない」と言う選択肢がありますよね。
この「どちらともいえない」を選択すると、「何も考えていない人」「自主性のない人」だと思われがちですが、これにも昔からかなり疑問を感じていました。
白黒つけたがる国民性でもないのに、この「どちらともいえない」という言葉に対しては妙に敏感で、否定的な見解が示されています。
この世界で「ALL or NOTHING」で裁断出来る事象など、そうは無いであろうと考えます。
主体的な判断によって「はい」と「いいえ」の中間を選択したのであれば、それがその人の意思表示であり信ずる道です。

このコロナ禍に置き換えれば、自粛と経済どちらが大切か、と問うならばどちらも大切です。
自粛すべきところは自粛するとしても、経済の死によって「間接的にコロナに殺される」現象が起こり得るからです。コロナに感染せずとも不況によって窮地に追い込まれている方は数多いはずです。
鎌倉でも、コロナ禍の間に閉店となった店舗は、知る限りでも複数あります(一番ショックだったのは「歐林洞」で、未だに「歐林洞ロス」を引きずっています)。

この、円環に入らないことこそが僕の信ずる道のようです。
周囲からすれば「かろうじて人間」のように思われるのでしょうが、それは飽くまでも周囲がそう思っているのに過ぎないのであって、「かろうじて人間」だろうと人間は人間です。
思えば、昔から協調性の無い子供で、どこかの輪に入ることで安堵する発想が根本的に無く、ある種当然の帰結かもしれないですね。
悪く言ってしまえば成長していないのでしょうか(笑)

少なくとも、この「円環」と言う言葉は、僕達の作品にとっては重要テーマになり得るのではないでしょうか。
もっと掘り下げれば、「どちらともいえない」…


さて、ここから話題が変わりますが、「なぜアンビエントを作り続けてきたか」について綴ることとします。

僕がこれまでアンビエントにこだわってきた理由は至極単純なもので、自分の感情を昇華するのに最も相応しい音楽だからです。
これは理屈ではなく、本能的なものです(僕の脳は基本的に右脳しか動いていません)。
一口に感情といっても、綺麗な景色を見た時に心の中で漠然と抱く詩的な感情から、精神的に不安定な状態の感情など様々です。

ただ、意識して「アンビエント」を作ろうと決め込んできたというよりは、自分の本能の赴くままに感情を昇華してみたら、結果的に世間一般にてアンビエントと形容される音楽になっていた、というのが正確なところだと思います。
アンビエント音楽の広義のルーツであるエリック・サティ「家具の音楽」、またアンビエントそのものの発端であるブライアン・イーノ「Music for Airports」も勿論聴いてきましたが、聴かせるor聴かせないというのは、実は自分が制作する段階ではあまり意識していないのです。
一応、アンビエントの音楽家として分類されていますが、「家具の音楽」のように、聴かせない為の音楽を意識的に作っている自覚も無いので、そもそも自分のやっている事がアンビエントと呼べるのだろうか、と未だに自問自答しています。

僕自身がプロダクションなどに所属して活動しているわけでは無いので、作品は基本的にセルフプロデュース、やりたいことしかやっていないのです(笑)。
勿論、仕事で引き受ける際には先方のニーズを汲んだ上で制作するのですが、自分のアルバムに関しては、心情や感性を純度100%で表現することのみに焦点を当てています。
大元の題材さえ決まってしまえば、あとは感性とひたすら向き合う作業です。ライターズブロック(書きたくても書けない状態)に陥ることも殆どありませんでした。

自分自身が一貫するスタンスとして、「上手く言い表せない感情」を抱いた瞬間をとても大事にしています。
例えば、夕日の沈む逗子海岸を見た時に、「綺麗だなー」と在り来たりに言い表すことも出来なくはありません。
しかし、「綺麗」の一言では言い含められない、何やら詩的な感情が靄のように心に蠢く瞬間があり、それこそが自分の楽曲のテーマになり得ると思っています。

僕の母親曰く、僕は「昔から感受性が人一倍強い」のだそうです。確かに思い返してみるに、協調性の無さは前述の通りですが、感情が心に蠢いた瞬間に、いわゆる「ゾーン」に没入してしまい、あれやこれやと空想を思いめぐらせていました。その少年の純粋さを、図らずも未だに持ち合わせてしまったが為に、こうして作品を創る事で感性の昇華に勤しんでいるのです。
それに、声に出して「綺麗だなー」と言うことに恥じらいを感じてしまう性格だったので、黙々と創作物に昇華する方が自分にとっては容易ですし、編集作業の終わったばかりの楽曲を聴いてみて、「やっぱり言葉にするよりも、こうして音楽にした方がうまく感情表現出来るものだな」と、謎の達成感に浸ったりもしています。

この感情表現に最も相応しい音楽が、自分にとってはアンビエントでした。
楽曲制作を通して実践してきたのは、五感と第六感を研ぎ澄ませて「純度の高い心情」を可聴化させることです。
添加物が増えれば増えるほど純度が薄れますから、歌詞やメロディ、リズムの無いアンビエント音楽が性に合っていたのだと思います。

予め予感はしていましたが、やはり僕は痛い子なので自分の創作の話になると「ゾーン」にのめり込んでしまいます。故に長文になってしまいました。

そして前述の、感情の瞬間を得るには、やはり日々PCの前に座っているだけでなく、自分の足で赴き、自分の感性で感じ取ることが重要だと再認識させられています。
一日も早くこのコロナ禍が明けてくれることを願うばかりです。

作品のヒントになり得る要素はありましたでしょうか?
お返事お待ちしております。

宮田涼介 / Ryosuke Miyata

※次回はこちら


---------------------------------------------------------------------------

本藤太郎/Taro Motofuji a.k.a Yes.I feel sad.

画像1

逗子生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒。カメラマンとして撮影現場を奔走する傍ら2016年より美術活動を開始。写真作品を中心に舞台やインスタレーション、楽曲や映像等を制作し国内外のアートフェアや地域アート等で発表している。 ZAFには2013年の「逗子メディアアートフェスティバル」の頃から雑用として関わっており、2017年には作家として参加。常に寝不足。
https://www.yesifeelsad.com/
https://www.instagram.com/taromotofuji/?hl=ja

宮田涼介

画像2

神奈川在住の音楽家。ピアノ楽曲や電子音響作品を中心に、国内外でアルバムを発売。また、カフェやWebコンテンツでのBGM制作、シンガーへの楽曲提供・編曲を行う。
http://ryosuke-miyata.com/
https://www.facebook.com/ryosuke.miyata.music/


2020年10月10日(土)「螺旋の映像祭」開催!
逗子文化プラザ さざなみホールにて
https://note.com/zushi_art_film/n/n502ed347ee86

逗子アートフェスティバル公式ウェブサイト
https://zushi-art.com/

▼これまでの逗子アートフィルムの活動
逗子アートフィルム 沖啓介 現代美術オンライン特別講義
第1回「ウェットウェア、ドライウェア」
8月22日(土) 20:30~22:00
https://artfilm-oki1.peatix.com

第2回「アートが神経を持ったら」
8月29日(土) 20:00~21:30
https://artfilm-oki2.peatix.com

第3回「月は最古のテレビ」
9月5日(土)20:30~22:00
https://artfilm-oki3.peatix.com


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは逗子アートフィルムの活動資金として活用させていただきます。

ありがとうございます!
3
逗子アートフィルムでは、様々な映像表現のレクチャー、上映、ワークショップなどの活動を行っていきます。世界の見方を変え、今までの価値観を揺さぶるような映像表現に出会い、話し合っていくことのできる場を作っていきます。代表・仲本拡史 http://artfilm.jp

こちらでもピックアップされています

逗子アートフェスティバル
逗子アートフェスティバル
  • 40本

逗子アートフェスティバルのマガジンです。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。